その43 「午後の顔見せ」
エレノアさんの元旦那に品定めされる悠馬君
午前の商談は滞りなく終わった。
数字も条件も、互いに譲歩点が見えている。
仕事としては理想的だった。
理想的すぎて。
余計なものが浮かび上がる。
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レオンは終始穏やかだった。
声を荒げない。
威圧しない。
それなのに。
逃げ場がない。
ライオンは吠えないから怖い。
悠馬は胃を押さえたまま資料を閉じた。
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「では」
レオンがカップを置く。
「午後は軽く顔見せを」
悠馬が瞬きをする。
「……顔見せ、ですか」
「ええ」
レオンは当然のように言った。
「こちらの幹部と、数名の関係者に」
一拍。
「新しい窓口を紹介したい」
つまり。
【社交】
つまり。
悠馬が一番苦手なやつ。
胃が鳴った。
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エレノアが淡々と補足する。
「形式的なものです」
「形式的……」
「お茶会です」
「お茶会……」
悠馬の脳が嫌な単語を反芻する。
お茶会。
顔見せ。
雑談。
微笑み。
『地獄』
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レオンは微笑んだ。
「堅いものではありません」
一拍。
「会社関係の挨拶だけです」
その“だけ”が一番信用できない。
悠馬は小さく頷いた。
「……承知しました」
声が硬い。
自分でも分かる。
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午後。
場所は本社の上階にある小さなサロンだった。
ガーデンに面した窓。
白いクロス。
銀のポット。
焼き菓子。
軽い音楽。
空気が整いすぎている。
胃が痛い。
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人は多くない。
”数名”。
しかし、少数の視線ほど刺さる。
「こちらがハミルトン側の責任者です」
レオンが紹介する。
「佐伯悠馬」
悠馬は反射で礼をした。
「佐伯です。よろしくお願いいたします」
丁寧。
丁寧すぎる。
硬い。
若干怯えている。
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誰かが笑う。
「噂の佐伯さんね」
悠馬の胃が縮む。
噂。
やめてほしい。
ここまで来て噂。
ノアの火山は国境を越えるのか。
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エレノアがさらりと間に入る。
「佐伯さんは仕事の人です」
仕事の人。
それが唯一の盾だ。
薄い盾だが。
レオンは悠馬を見ていた。
関係者への紹介をしながら。
談笑を交わしながら。
その目だけは外さない。
仕事以外の目。
父の目。
男の目。
そして。
”エレノアを知る者の目。”
悠馬は気づいている。
刺さる。
ずっと刺さる。
落ち着かない。
カップを持つ手に力が入る。
割れそうだ。
「佐伯さん」
レオンがふいに言った。
悠馬が跳ねる。
「は、はい」
「緊張していますか」
悠馬は一拍遅れて頷いた。
「……少し」
嘘だ。
かなりだ。
人生最大級だ。
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レオンは穏やかに微笑む。
「大丈夫ですよ」
一拍。
「仕事ですから」
同じ言葉。
でも。
悠馬には試験の合図に聞こえた。
胃が痛い。
エレノアは何も言わない。
書類を整え、
会話を滑らかに繋ぎ、
必要な時だけ微笑む。
完璧だ。
慣れている。
理解し合っている。
悠馬だけが場違いだ。
悠馬はふと思った。
(エレノアさんの過去に)
(僕は何も知らない)
恋をした男。
結婚をした男。
隣に立つのが自然な男。
それが”レオン”なのか。
そう考えた自分に驚いた。
『今まで誰にも思ったことがなかった』
胃より厄介な痛みが胸に刺さる。
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お茶会は穏やかに終わった。
形式的に。
何事もなく。
何事もなく終わるほど、
不穏が残った。
レオンは最後に言った。
「では、今夜は」
一拍。
「ガーデンで」
悠馬は返事をした。
胃を押さえながら。
「……はい」
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その頃。
ホテルのどこかで、
爆弾男は静かに息をしている。
――しているだけ、のはずだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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