幕間 「似ている背中」
蘭はほとんどアメリカにいるので息子:ルイス君とはあまり一緒にいません。
ルイスは笑っていた。
庭で。
夏の光の中で。
従兄弟たちに囲まれて。
少し遅れて、少し控えめに。
それでも確かに笑っていた。
蘭はそれを遠くから見ていた。
母親らしく手を振ることもなく、
声をかけることもなく。
ただ、見ている。
子供は不思議だ。
笑い方ひとつで、
世界が軽くなる。
それなのに。
ルイスの笑顔の奥には、
どこか硬いものがある。
いつでも引けるように構えている。
踏み込みすぎない。
壊さない。
壊れない。
(似ている)
蘭は思った。
誰に。
言うまでもない。
悠馬兄さん。
兄は、ずっとそうだった。
泣かなかった。
怒らなかった。
甘えなかった。
最初から。
最初から“そういう人”だったみたいに。
でも蘭は知っている。
兄は最初からああだったわけじゃない。
”ああならざるを得なかった”だけだ。
兄は。
幼い頃に、
家から連れてこられて。
役割を与えられて。
守れと言われて。
守るしかなくて。
守り続けて。
『そのまま固まった』
ルイスが転びかけた。
従兄弟が笑う。
ルイスは笑い返す。
でも。
泣かない。
泣く前に笑う。
泣いていい場所を探す前に、
平気な顔をする。
(やめなさい)
蘭は心の中でだけ言った。
声にはならない。
声にしたところで、
兄はきっと困る。
ルイスも困る。
蘭は母親だ。
でも母親という言葉には、
抱きしめるとか、
励ますとか、
そういう形が求められる。
蘭にはそれが少し難しい。
代わりに。
蘭は現実を見る。
冷静に。
残酷なほど正確に。
(兄さんは、人間に戻りかけている)
エレノアという女が来てから。
兄の生活は整い始めた。
整いすぎて、兄は怯えている。
滑稽で。
可愛くて。
少し腹が立つ。
(今さら)
蘭は思う。
(今さら、そんな顔をするの)
ルイスがこちらを見た。
目が合う。
小さな伯爵家の息子。
自分の子供。
そして。
”兄に似た背中”
「母上」
ルイスが呼ぶ。
硬い声。
礼儀正しい声。
七歳の声にしては整いすぎている。
「……なに」
蘭は短く返す。
ルイスは少し迷って、
それから言った。
「悠馬おじさんは」
一拍。
「いつも、ああなの?」
蘭は瞬きをした。
胸の奥が少しだけ痛い。
「……そうね」
蘭は答える。
「ずっと、ああよ」
「ずっと?」
「ずっと」
ルイスは黙った。
何かを理解した顔だった。
理解しなくていいのに。
子供は理解が早すぎる。
蘭は続けた。
珍しく。
言葉を足した。
「だから」
一拍。
「あなたは、真似しなくていい」
ルイスの目が少しだけ揺れた。
「……でも」
「でもじゃない」
蘭は言った。
母親らしくない強さで。
「あなたはあなた」
「兄さんは兄さん」
「同じにならなくていい」
ルイスは小さく頷いた。
その頷きが、
少しだけ柔らかくなった気がした。
蘭は思う。
兄は。
きっと。
誰にも戻してもらえなかった。
だから今、
戻りかけているなら。
(逃すなよ)
蘭は心の中でだけ呟く。
ノアに。
家族に。
世界に。
そして。
兄自身に。
『今度こそ、人間になれ』
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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