幕間 夏休みの侵略者たち
ルイス君は賑やかなことに慣れていません。パッパは賑やかなのにね!
ハミルトン邸の庭は美しい。
美しすぎる。
芝は絨毯みたいに揃い、
花壇は一分の隙もなく整えられ、
噴水は静かに水を落としている。
ここは庭というより展示品だ。
踏み荒らすものではない。
眺めるものだ。
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しかし。
夏休みは侵略だ。
しかもアメリカ帰りの侵略である。
「ルイス!!」
リリーが叫びながら突撃してきた。
距離が近い。
近すぎる。
従妹たちはまず体当たりする。
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「ねえ見て見て!」
返事を待たない。
待つという概念がない。
彼女は花壇の縁に軽々と乗った。
「リリー、危ないです」
ルイスは即座に言った。
声が硬い。
七歳の声ではない。
伯爵家の一人息子の声だ。
「危なくないよ!」
「そこは上がる場所ではありません」
「えー?」
リリーはきょとんとした。
庭は遊ぶ場所だと思っている。
庭園は作品だと思っているルイスとは温度が違う。
「うおおおおお!!」
タイラーが芝生を全力疾走してきた。
靴のまま。
芝が泣いた。
「タイラー、止まってください!」
ルイスが叫ぶ。
叫び方が丁寧だ。
”止まれ”ではなく、”止まってください”。
育ちが出すぎている。
「Why??」
タイラーが振り返る。
悪気ゼロ。
距離ゼロ。
「ここは……!」
ルイスは息を吸った。
「ヤードではありません」
一拍。
「ガーデンです」
「ガーデンも走れるでしょ?」
「走る場所ではありません」
「なんで?」
「……そういうものだからです」
説明が硬い。
本人も分かっている。
でも柔らかい言葉を知らない。
マックスが噴水の縁でしゃがんでいた。
次男は自由だ。
自由すぎる。
「マックス、それは——」
「Cool!」
マックスは水を指で弾いた。
きらきら飛ぶ。
美しい。
だがここは展示品だ。
「触ってはいけません」
ルイスの声が一段低くなる。
怒っている。
怒り方も上品だ。
「ルイス、怒ってる?」
リリーがにやにやした。
距離の詰め方が容赦ない。
アメリカの従妹は強い。
凛に似ている。
「怒っていません」
「怒ってるじゃん!」
「怒っていません!」
「怒ってる!」
「怒っていません!!」
ルイスが叫んだ。
叫んでしまった。
自分で固まった。
貴族の子息が感情を露わにした瞬間だった。
一拍。
庭が静かになる。
噴水の音だけが聞こえる。
蝉が鳴く。
ルイスの呼吸が荒い。
タイラーがぽつりと言った。
「……ごめん」
距離ゼロの子供は謝るのも早い。
真っ直ぐだ。
ルイスは唇を噛んだ。
謝られると困る。
怒り方が分からない。
兄弟がいないからだ。
こんな侵略者たち、初めてだ。
「……ここは」
ルイスは小さく言った。
「壊す場所ではありません」
声が震えている。
必死だ。
「ルイス」
その時、落ち着いた声がした。
エレノアだった。
戦場を眺めながら涼しい顔で立っている。
この人も別種の戦場帰りだ。
「大丈夫?」
「……大丈夫です」
大丈夫じゃない。
庭が大丈夫じゃない。
エレノアは子供たちを見た。
奔放な侵略者たち。
硬い声で耐える小さな貴族。
「ふふ」
一拍。
「佐伯さんの職場よりは平和ですね」
比較対象が終わっている。
ルイスが小さく呟いた。
「悠馬おじさんは、もっと大変」
「ええ」
エレノアの声が少し柔らかくなる。
「あなたの叔父様は」
一拍。
「逃げ方を知らないの」
ルイスは遠くを見た。
屋敷の窓。
仕事の書類。
胃薬の匂い。
叔父の背中。
侵略者たちはまた走り出した。
”ヤード”のつもりで。
”ガーデン”を。
芝が泣いた。
庭園が泣いた。
夏休みは戦争だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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