その28 「父さんと火薬工場」
悠馬君は友人がいません_| ̄|○
電話をかけるのは、負けだと思った。
四十二にもなって。
こんなことで。
母親に。
相談するなんて。
ーーーーーーーーーーーーー
でも。
エレノアは少し距離を置いた。
噂が増えた。
火山が噴いた。
胃が痛い。
いつも通りだ。
いつも通りなのに、
今回は違う。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
悠馬はスマホを握りしめた。
連絡先。
母さん。
菜摘。
発信。
『どうしたの』
一回で出た。
母親はこういう時だけ早い。
「……母さん」
『うん?』
「その」
一拍。
「エレノアさんが」
『ああ』
即答。
即答が怖い。
『距離を置いてるでしょう』
「……」
知ってる。
母さんは全部知ってる。
怖い。
「……なぜ」
『噂よ』
「噂?」
悠馬の声が裏返った。
『聞いてないの?』
「聞いてないです」
『あら、優しい職場ね』
優しさで胃が死ぬ。
菜摘は淡々と言った。
『佐伯悠馬の隠し子説』
「……っ」
『後継者教育説』
「……っ」
『ノアが引き取った説』
「……っ」
悠馬は無言で机に額をつけた。
『火のない所に煙は立たないと言うけれど』
一拍。
『あなたの周りは煙どころか火山ね』
「火山ですね……」
息子もまとめた。
『悠馬』
一拍。
『あなたが今やることは一つ』
「……はい」
『胃薬を飲んで寝なさい』
「それだけですか」
『それだけよ』
一拍。
『あとはノアを殺さないこと』
「……努力します」
『努力じゃなくて義務』
母は強い。
電話が切れた。
悠馬は机に額をつけたままだった。
胃が痛い。
『火山だった。』
菜摘はスマホを置き、
ため息をひとつ吐いた。
「まったく……」
声は静かだが、
内容はだいたい殺意である。
リビングの向こう。
拓海が新聞を畳んでいた。
「悠馬か?」
「ええ」
菜摘は即答した。
「火山が噴火してるわ」
「またか」
拓海も即答した。
慣れすぎている。
「ノアが?」
「ノアが。」
二人の声が重なる。
夫婦の絆はこういうところで発揮される。
菜摘は淡々と説明した。
「職場で噂が育ってるの」
「何の」
「隠し子」
「は?」
「悠馬の」
「は??」
拓海の眉が跳ねた。
「後継者教育」
「は???」
「ノアが引き取った」
「は????」
拓海の声が三段階で上がった。
父親の限界である。
「悠馬は?」
「聞いてない」
「当然だろ」
拓海は即答した。
「聞いたら胃が死ぬ」
「もう死にかけてるわ」
「だろうな」
拓海は立ち上がった。
「電話する」
「お願い」
「ノアは?」
「動いてる」
「最悪だな」
「最悪よ」
夫婦の絆(二回目)。
拓海はスマホを取り出した。
連絡先。
息子。
悠馬。
発信。
『……父さん』
一回で出た。
声が死んでいる。
「生きてるか」
『胃が死んでます』
「知ってる」
父親は容赦がない。
「聞いたぞ」
『何をですか』
「火山」
『火山……』
「隠し子」
『……っ』
「後継者教育」
『……っ』
「ノアが引き取った」
『……っ』
悠馬の沈黙が深い。
胃の底まで沈んでいる。
「悠馬」
一拍。
「お前、何かしたのか」
『してません』
「だろうな」
拓海は即答した。
「お前はそういうことができる男じゃない」
『父さん???』
「褒めてない」
『……』
悠馬の胃が追加で死んだ。
「いいか」
拓海の声が少しだけ低くなる。
「今は何もするな」
『はい』
「ノアには近づくな」
『努力します』
「努力じゃない」
一拍。
「義務だ」
父も強い。
悠馬は小さく息を吐いた。
『父さん』
「ん?」
『僕、どうすれば』
「寝ろ」
『……』
「胃薬飲んで寝ろ」
父親の結論はいつも雑だ。
だが正しい。
「あと」
一拍。
「ノアは俺が絞める」
『絞めないでください』
「絞める」
『絞めないでください!』
珍しく悠馬が声を上げた。
父親は少しだけ笑った。
「生きてろ」
それだけ言って切れた。
悠馬はスマホを握りしめた。
家族は怖い。
噂はもっと怖い。
ノアは最悪に怖い。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃
同じ建物の別フロア。
ノアは静かに微笑んでいた。
微笑む時点で終わりである。
「兄さんを守らないと」
誰も頼んでいない。
「誤解を解かないと」
余計に増える。
「環境を整えないと」
自分のために。
ノアはスマホを取り出した。
連絡先。
最初に押したのは――
「凛」
発信。
火薬工場にガソリンを撒く音がした。
※前回に最後でつながっている感じですね
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
感想・フォロー等とても励みになります!




