幕間 「夫婦の会話」
夫婦だからね。一応。
夜。
ハミルトン邸の伯爵夫妻の寝室。
ノアと久しぶりに帰国した蘭は、一応夫婦なので同じ部屋にいた。
一応。
形だけ。
だが子供がいる以上、形だけでも面倒が増える。
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ノアは窓際に立っていた。
珍しく静かだった。
昼間の騒がしさが嘘みたいに。
「……ルイスを見ていると」
ぽつり。
「兄さんを思い出すんだ」
蘭はソファに座ったまま、視線だけ向けた。
「どの兄さん」
「子供の頃の」
一拍。
「僕が物心ついた時、すでに兄さんは兄さんだった」
言葉が変だ。
だがノアの中では正しいのだろう。
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「ルイスみたいに屈託なく笑うことはなかった」
ノアは続ける。
「いつも、どこか遠くを見てた」
「胃が痛そうだった?」
「胃も……痛かったと思う」
ノアは小さく笑った。
笑ってすぐ消えた。
「もっと伸び伸びしていれば」
一拍。
「こんなふうに壊れなかったのかもしれない」
その声は、珍しく弱かった。
「やっぱり俺が……」
ぶつぶつ。
「僕がもっと……」
ぶつぶつ。
罪悪感が床に落ちていく。
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蘭はそれを聞きながら思った。
確かに。
そりゃそうかもしれない。
悠馬は最初からずっと、背負わされていた。
家。
仕事。
ノア。
全部。
笑う暇なんてなかったのだろう。
だがしかし。
蘭は冷静だった。
そして現実を知っている。
(こいつが出たら終わる)
悠馬は最近やっと進化してきたのだ。
アンドロイドから。
対話型AIくらいまで。
人間に近づいてきた。
そこへ。
ノアが余計なことをすると。
一気に戻る。
アンドロイドどころか。
ブリキの兵隊になる。
硬くなって。
笑わなくなって。
また胃薬だけが増える。
目に見えている。
蘭はため息をついた。
「ノア」
「なに?」
「反省するのは勝手だけど」
一拍。
「動くな」
ノアがきょとんとした。
「え?」
「余計なことをするな」
「僕は兄さんのために――」
「だからだ」
蘭は即座に切った。
「お前が関わると火山が噴火する」
「火山……」
「お前はガソリンだ」
ノアは少し傷ついた顔をした。
だが事実だ。
蘭は静かに言った。
「早くなんとかしないと」
一拍。
「兄は一生独身のままオフィスで死ぬ」
ノアが真顔になった。
「それは困る」
「困るなら動くな」
「……はい」
夫婦の会話は、平和だった。
内容は地獄だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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