その13 「リトル・佐伯」
悠馬に似てる=蘭に似てる、なんですけどね。
玄関の扉は重い。
いつも通りだ。
ハミルトン邸は、何もかもが重い。
扉が開くと空気が変わる。
静かで、広くて、冷たい。
僕は一歩踏み込んだ。
ホールは相変わらず無駄に広い。
天井が高い。
絵画が並び、花が飾られ、生活の気配はあるのに、どこか舞台みたいだ。
隣でエレノアさんが小さく息を吐いた。
「……大きいですね」
「そうでしょうね」
「慣れているのですか」
「慣れるものではありません」
僕は、奥へ進もうとした。
その時。
――音がした。
階段。
上から。
小さく、軽い。
駆け降りる音。
嫌な予感がした。
次の瞬間。
「悠馬おじさん!!!!!」
叫び声。
そして。
茶色い塊が突撃してきた。
僕の腹に。
勢いよく。
「ぐっ……!」
息が詰まった。
腕が回る。
抱きつかれる。
小さな体温。
僕は固まった。
「……ルイス」
ルイス・悠人・ハミルトン。
七歳。
ノアと蘭の息子。
そして。
「僕に瓜二つ」の甥。
ルイスは顔を上げてにこにこしている。
無邪気。
残酷。
「おじさん、きた!!」
「……来ました」
「やった!!」
僕は視線を逸らした。
似ている。
笑い方が。
目の形が。
声の調子が。
胃が痛い。
エレノアさんが隣で静かに言った。
「……甥御さんですか」
「はい」
「よく似ていますね」
「……気のせいです」
「気のせいではありません」
淡々と訂正された。
ルイスがエレノアさんを見上げた。
じっと。
そして。
にこっと笑った。
「おじさんの奥さん?」
僕は死んだ。
「違う!!!!」
声が裏返った。
ルイスはきょとんとする。
「えー?だって一緒にいるじゃん」
「仕事だ」
「仕事って奥さん?」
「違う」
「恋人?」
「違う!!!!」
エレノアさんが淡々と口を挟む。
「仕事です」
「ふーん」
絶対納得していない。
七歳は厄介だ。
その時。
奥から声がした。
「ルイス、廊下で騒がない」
ノアだ。
現れた弟は穏やかな顔で。
穏やかな顔で。
穏やかな顔で。
にやにやしていた。
「兄さん」
「殺すぞ」
「休暇だって聞いたよ」
「叔父上に呼ばれた」
「ふーん」
絶対面白がっている。
ルイスが振り返って叫ぶ。
「父上!!悠馬おじさんの奥さん来た!!」
「来てない!!」
ノアの目が細くなる。
「へぇ……」
やめろ。
エレノアさんが淡々と会釈する。
「初めまして。エレノア・ローズです」
ノアは一拍置いて完璧な笑顔を作った。
「兄さんの秘書さんですね」
「はい」
「なるほど」
声が甘い。
危険だ。
僕は胃を押さえた。
この家は全員が爆弾だ。
その時。
足音がした。
重い。
ゆっくり。
支配者の足音。
「騒がしいな」
低い声。
空気が変わる。
エドワード叔父上が現れた。
相変わらず背筋が伸び、表情は穏やかで。
目が笑っていない。
「悠馬」
「……叔父上」
「休暇を取ったそうだな」
「取らされました」
「よろしい」
よろしい、ではない。
叔父上の視線が僕の隣に移る。
「エレノア」
名前で呼ばれる。
初対面ではない。
「来たか」
エレノアさんが淡々と頭を下げる。
「お呼びですので」
「よろしい」
叔父上は静かに続けた。
「悠馬の生活はどうだ」
直球だった。
僕は胃を押さえた。
エレノアさんは一拍置いて答える。
「最低限は整えています」
「最低限」
叔父上の口元がわずかに上がる。
「上出来だ」
上出来、ではない。
僕の生活を評価するな。
ルイスが叫ぶ。
「おじい様!奥さんだよ!」
「違う!!!!」
叔父上が一拍置いた。
「……ほう」
やめろ。
ノアが吹き出した。
完全に楽しんでいる。
エレノアさんの視線が静かに動く。
(この家が原因ね)
そう言っている気がした。
その時。
「はいはい」
救いの声がした。
ジェシカ叔母様だった。
焼き菓子の皿を持っている。
表情は穏やかで。
目が生暖かい。
「あー……なるほどね」
全部理解した顔だ。
叔母様はにこやかに言った。
「とりあえず、お茶にしましょう」
「母上!」
ノアが即座に駆け寄る。
「兄さんが!」
「分かってるわ」
「エレノアさんが!」
「分かってるわ」
「ルイスが!」
「分かってるわ」
ジェシカ叔母様は僕を見る。
生暖かく。
「悠馬」
「……はい」
「休暇よ」
「……はい」
「休暇の意味、分かる?」
「……分かりません」
叔母様は微笑んだ。
「でしょうね」
ルイスが叫ぶ。
「お茶!お菓子!」
「あなたは先に手を洗いなさい」
「はーい!」
ルイスが駆けていく。
ノアがまだにやにやしている。
叔父上は紅茶を飲む気満々だ。
エレノアさんは静かに状況を整理している。
僕は思った。
休暇とは。
ハミルトン邸に呼ばれ、甥に絡まれ、弟に笑われ、叔父に進捗を問われることなのか。
胃が痛い。
でも。
なぜか。
世界が少しだけ騒がしい。
それが。
少しだけ。
悪くない気もした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
感想・フォロー等とても励みになります!




