その12 「叔父上の呼び出し」
実家に彼女連れて行く的な?(違)
休暇を取った。
取らされた、と言うべきかもしれない。
エレノアさんが淡々と予定を消し、電話を切り、僕の端末を取り上げた。
「佐伯さんは休みです」
「僕の仕事は――」
「休みです」
命令形だった。
怖い。
生活が整うのは怖い。
でも、体が動かないのも事実だった。
僕はフラットのソファで、胃を押さえたまま天井を見ていた。
体の芯がまだ冷える。
昨日の白い視界が残っている。
倒れるというのは、こういう感覚なのか。
情けない。
そして。
静かすぎる。
現場の騒音がないだけで、逆に落ち着かない。
僕は息を吐いた。
その時。
スマホが鳴った。
嫌な予感しかしない。
表示された名前を見て、僕は目を閉じた。
――叔父上。
エドワード叔父上。
休暇のはずなのに。
僕はゆっくり出た。
「……はい」
『悠馬』
落ち着いた声。
それだけで胃が縮む。
『休暇を取ったそうだな』
「……はい」
『よろしい』
よろしい、ではない。
休暇とは、叔父上の許可制だっのたか。
『こちらに来い』
「……休暇ですが」
『だから呼ぶ』
理屈が通っていない。
叔父上は平然と続けた。
『エレノア嬢も連れてこい』
一拍。
僕の脳が止まった。
「……なぜ」
『進捗を確認したい』
「進捗……?」
『君の生活の進捗だ』
生活。
そんな報告をする義務はない。
僕は息を吸った。
「叔父上、僕は――」
『それと』
叔父上は遮った。
『彼女の仕事ぶりも見たい』
「仕事ぶりは有能です」
『だからだ』
意味が分からない。
叔父上の声が少しだけ愉快そうになる。
『秘書とは本来、主を支える存在だろう』
「はい」
『君は倒れた』
「……はい」
『支えが必要だ』
胃が痛い。
会話が胃に直結している。
僕は小さく言った。
「嫁はいりません」
『嫁とは言っていない』
言っていないが、顔が浮かぶ。
絶対ニンマリしている。
『昼に車を回す』
『遅れるな』
通話が切れた。
僕はスマホを見つめた。
休暇とは。
何だろう。
僕の休暇は。
叔父上の紅茶のついでなのか。
背後から、足音がした。
エレノアさんがキッチンから顔を出す。
「どうしました」
「……叔父上です」
「呼び出しですか」
「はい」
「行くのですか」
「……行かされます」
エレノアさんは頷いた。
淡々と。
「準備します」
「あなたも?」
「連れてこい、と」
「……そうです」
エレノアさんは一拍置いて、少しだけ微笑んだ。
「進捗報告ですね」
「やめてください」
「生活の進捗ですか」
「やめてください」
僕は思った。
叔父上は。
絶対に。
『面白がっている』
ーーーーーーーーーーーーーー
昼。
車の到着は正確だった。
黒い車。
無駄に大きい。
ハミルトンの車は、いつも無駄に威圧的だ。
僕はコートを羽織った。
まだ少しふらつく。
エレノアさんが自然に僕の横に立つ。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です」
「昨日倒れた人の台詞ではありません」
「……」
反論できない。
エレノアさんは淡々と続けた。
「無理をしないでください」
「叔父上の前で無理をしない方法があれば教えてください」
「ありませんね」
即答だった。
僕は小さく息を吐いた。
車に乗り込む。
運転手が礼をする。
当然のように後部座席。
当然のように沈黙。
当然のように胃が痛い。
エレノアさんは隣に座り、
膝の上に小さな書類ケースを置いた。
「何ですかそれ」
「最低限の資料です」
「生活に資料がいるんですか」
「必要です」
必要らしい。
僕は窓の外を見た。
ロンドンの街が流れていく。
いつもは仕事に向かう道。
今日は休暇のはずなのに。
向かう先は。
”ウィルトシャー。”
ハミルトン邸。
僕の“実家扱い”の場所。
僕が逃げ込んだ場所。
僕が縛られている場所。
エレノアさんが静かに言った。
「緊張していますか」
「していません」
「している人の台詞です」
「……叔父上がいるので」
「そうでしょうね」
淡々と納得されるのも癪だ。
車は郊外へ出た。
景色が変わる。
空が広くなる。
木々が増える。
僕の胃がまた縮む。
何度来ても慣れない。
慣れるべき場所なのに。
ーーーーーーーーーーーーーー
やがて車が速度を落とした。
門が見える。
長い並木道。
そして。
遠くに。
石造りの屋敷。
ハミルトン邸。
僕は小さく息を飲んだ。
エレノアさんは表情を変えない。
車が止まる。
運転手がドアを開けた。
冷たい空気が頬を撫でる。
僕は地面に足をつけた。
そして。
屋敷を見上げる。
ここから先は。
叔父上の領域だ。
僕は思った。
休暇とは。
何だろう。
エレノアさんが隣に立つ。
「行きましょう」
淡々と。
逃げ道はない。
僕たちは。
ハミルトン邸の前に立っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
感想・フォロー等とても励みになります!




