その92 「冬の重力/監督という名の災難」
悠馬の被弾
冬はまだ終わらない。
救いは決まった。
鎖も決まった。
だけど――
救いの裏側には、必ず重力がある。
ハミルトン家の重力。
「ノア」
廊下の空気が一瞬で固くなる。
冬の圧。
伝統の圧。
エドワードだった。
何事もない顔。
何事もない声。
何事もないふりで人を縛る男。
ノアの背中が少しだけ硬くなる。
爆弾が”伯爵”に戻る。
「……父上」
エドワードは淡々と言った。
「監督をつける」
ノアが瞬きをする。
「……監督?」
「必要だ。お前は甘い」
いつも通りの結論。
いつも通りの刺さり方。
ノアが反射で言い返す。
「凛がいるだろ」
エドワードは目も動かさない。
「凛には家庭がある」
終わり。
正論。
反論できない正論。
貴族は正論で殴る。
ノアは口を開けたまま固まった。
(……え)
(凛だけじゃなくて?)
(いや、凛には家庭、うん)
(うん……?まさか…?)
爆弾の脳が遅れて回り始める。
嫌な方向に。
(いや、いいけど)
(いや、良くなくない?)
(兄さんアメリカに訳あり女性がいるって噂、あったよね)
(父上忘れてる?)
(てかルイス、隠し子説、出てたよね?)
(……ダメじゃない?)
(完成するじゃん)
ノアは沈黙した。
珍しく黙った。
黙ったまま地獄を想像している。
そのとき。
足音が近づく。
細い。
静か。
胃が痛そうな足音。
悠馬だった。
書類を抱えている。
顔は平然。
平然としすぎて遅い。
致命的に遅い。
エドワードが少しだけ口角を上げた。
良い兆候ではない。
「……良いところに来た」
「悠馬」
悠馬が止まる。
「はい、叔父上」
淡々と命令が落ちる。
「アメリカに行け」
悠馬の脳が止まった。
胃が先にきゅっとした。
「……は?」
「ノアの監督をしろ」
「……へ?」
「ついでにルイスの家庭教師だ」
ついで。
四十二歳に刺さる単語。
悠馬は一拍遅れて理解した。
(監督)
(家庭教師)
(アメリカ)
(なぜ)
「……は???」
声が三段階で崩れた。
ルイスがぱっと顔を上げた。
救いの顔。
子供の顔。
「叔父上もいっしょ……!」
ノアは固まったまま思った。
(……いいの?)
(父上、それでいいの?)
(噂、完成するよ?)
(てか僕が原因なんだけど)
エドワードは変わらない。
「決定だ」
廊下の空気が元に戻る。
何事もなかったように。
それが伝統だ。
悠馬だけが戻れない。
胃が戻れない。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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