幕間 「同じ冬/ドイツ行きの準備」
気が付いたら145話目なのに手も握ってないどころか恋愛以前・・・
同じ頃。
ロンドンの空は相変わらず鉛色だった。
クリスマスが近いというのに、
街はどこか静かで、
光だけが飾りのように浮いている。
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エレノアは淡々と荷物をまとめていた。
合理的な手順。
必要なものだけ。
余計なものは持たない。
感情も。
——本当は。
スーツケースの中に入るのは、
服と書類と、
数日分の生活。
そして整理のための距離。
スマホが震えた。
『ママ』
ロッテからだった。
短い。
直球。
思春期の刃のない言葉。
『今どこまで準備した?』
『ちゃんと来る?』
エレノアは一拍置いて返信した。
『行くわよ』
すぐに返事が来る。
『嬉しい!』
それだけ。
飾りがない。
だから刺さる。
続けて。
写真。
ドイツの冬。
窓辺に置かれた小さなツリー。
手書きのメモ。
『部屋、空けてある』
『近い距離で報告できるの、久しぶり』
近距離報告。
娘の言葉は素直だった。
素直すぎて困る。
エレノアはスマホを伏せた。
(……娘は待っている)
(当然だ)
(私は母親だ)
合理的だ。
なのに。
数メートル先のオフィスが脳裏に浮かぶ。
平然と書類を読んでいる男。
読んでいるふりをしている男。
顔が若干硬い。
遅い。
致命的に遅い。
(距離を置けば整理できると思った)
合理的な判断だった。
余計な噂もある。
余計な爆弾もいる。
余計な感情も……ある。
『あるのが困る』
スマホがもう一度震えた。
『パパもいるよ』
当然のように添えられる父親。
当然のように続く家族。
エレノアは小さく息を吐いた。
(……確認しよう)
自分の感情も。
娘の未来も。
仕事の先も。
そして。
”あの男の存在”も。
スーツケースのファスナーを閉める音がした。
冬の音だった。
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クリスマス休暇は近い。
救いを掴む子供がいる。
距離を掴む女がいる。
そして。
胃を押さえる男がいる。
冬は静かに進んでいた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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