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佐伯悠馬の結婚事情(仮)  作者: 雪森蓮


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その89 「相談/拓海/堤防」

珍しい親子の会話

通話が切れたあとも、

悠馬はしばらく動けなかった。


スマホを握ったまま、

画面が暗くなるのを見つめていた。


蘭の声が残っている。


『もう伝説にならないで』


伝説。

出来ていた兄。


”出来るしかなかった”自分。


昔の空気が喉の奥に戻る。


息がしづらい。

冬はそういう季節だ。


(……父さんに言え)


蘭はそう言った。

簡単に言う。


簡単ではない。


拓海に相談する。

父に相談する。

それは悠馬にとって、最も遅い選択肢だった。


悠馬はずっと、

相談しないことで生きてきた。


言わないことで保ってきた。


自分を。

家を。

弟を。


指が止まる。

画面に名前だけが光っている。


『父さん』


たった三文字が重い。


悠馬は目を閉じて、

通話ボタンを押した。


呼び出し音。


一回。


二回。


三回。


『おう』


すぐ繋がった。

軽い声。


昔と変わらない声。


『どうした、悠馬?』


悠馬の喉が詰まった。

返事が遅れる。

致命的に遅い。


『……生きてるか?』


拓海が笑う。


『胃は?』


「……生きています」


平常運転の声が出た。


『それはよかった』


よくない。

だが拓海はいつもそう言う。


軽くしてくれる。


沈黙が伸びた。

拓海は急かさない。

それが父だった。


「父さん」


悠馬はようやく言った。


「相談があります」


『おう』


即答。

迷いがない。


『何だ』


悠馬は息を吐いた。

吐かないと崩れる。


「ルイスが泣いてたそうです」


拓海の声が一瞬止まった。


『……ルイスが?』


「はい」


「叔父上が、また……」


言いづらい。

言うと戻る。


昔が戻る。


「……私と比べたそうです」


電話の向こうで、

拓海が深く息を吐いた。


怒りの息ではない。

苦い息だ。


『……エドワードか』


名前が落ちる。

重い。


『また、やったのか』


悠馬は小さく言った。


「ルイスは言いました」


「僕は悠馬おじさんじゃない、と」


『当たり前だろ』


拓海の声が硬い。


『子供だぞ』


悠馬は続けた。

続けないと終わらない。


「蘭が言いました」


「私は伝説にされている、と」


『伝説?』


拓海が鼻で笑った。

だが笑いは乾いている。


『馬鹿か』


悠馬の胸が痛む。

笑われると安心する。


安心してしまうのが悔しい。


「父さん」


「私は……」


言葉が詰まる。

遅い。

致命的に遅い。


「好きで出来ていたわけではありませんでした」


拓海はすぐに答えなかった。


その沈黙は重い。

父の沈黙だ。


『……知ってる』


拓海は静かに言った。

悠馬が息を呑む。


『お前が好きでやってたなら』


『俺はもっと早く止めてる』


拓海の声が低い。


そして次の言葉は、

言い訳ではなく引き受けだった。


『……俺が止められなかった』


悠馬が固まる。


『仕事だ、責任だって言いながら』


『家庭を後回しにした』


『見てるつもりで』


『見てなかった』


拓海の声が苦い。


『お前がエドの前に立ってるのを』


『当たり前にした』


沈黙。

冬の沈黙。


『悠馬』


拓海は低く言った。


『お前は堤防だった』


悠馬の呼吸が止まる。


『ノアに矢が向かないように』


『お前が全部前に立ってた』


『俺はそれを』


『止めるべきだった』


拓海の声が揺れた。

揺れるのが怖い。


父が人間になる。


『今度はルイスに向いてる』


『……繰り返すな』


拓海は低く言った。


『エドに言うよ』


悠馬が息を呑む。


「叔父上に……?」


『ああ』


拓海は淡々と言った。


『叱るとかじゃねぇ』


『言うべきことを言うだけだ』


拓海自身は気づいていない。

エドワードが拓海に弱いことを。


底に沈んだ力関係を。


『今回は俺が前に立つさ』


悠馬の胸が熱くなる。

胃ではない。


胸だ。


「……ありがとうございます」


遅い声。

やっと出た声。

拓海は笑った。


『馬鹿』


『礼を言うな』


『父親だ』


通話が切れる。


悠馬はしばらく動けなかった。

スマホを握ったまま、

暗い画面を見つめた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


冬は静かに燃えている。

堤防はもう一人で立たなくていい。


そのはずだった。



ここまで読んでくださってありがとうございます!


『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。

結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。

相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。


更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので

よかったらまた覗いてください。


感想・フォロー等とても励みになります!

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