その86 「十二月/夜/泣きつく」
ルイス君がんばれ
ルイスは疲れていた。
疲れるという言葉では足りない。
七歳の身体に詰め込まれる一日は、
重すぎた。
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夜、屋敷が静かになっても、
頭の中は静かにならない。
数字。
単語。
年号。
正しい発音。
正しい姿勢。
正しい未来。
(ぼく、まだこどもなのに)
そう思うことすら、
どこか悪いことみたいだった。
ベッドの中で目を閉じても、
眠りは浅い。
息が小さくなる。
胸がきゅっと縮む。
そのとき。
廊下がわずかに軋んだ。
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トントン。
控えめなノック。
「……ルイス?」
小さな声。
聞き慣れた声。
伯爵の声。
父の声。
ノアだった。
「起きてる?」
返事がない。
返事ができない。
ノアはそっと扉を開けた。
部屋の灯りは落ちている。
月明かりだけが薄く差していた。
ベッドの上で、
ルイスが丸くなっていた。
「……ごめん」
ノアは小さく言った。
何に対してかは自分でもわからない。
”全部”だ。
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ルイスがゆっくり顔を上げた。
目が赤い。
泣いたあとだ。
ノアの胸が沈んだ。
「ルイス」
ルイスは唇を噛んだ。
子供の我慢だ。
それが限界に近い顔だった。
「とうさま」
声が震えた。
「……ぼく」
言葉が続かない。
続けると崩れる。
ノアはベッドの端に腰を下ろした。
触れていいのかわからない距離。
父親はいつも遅い。
「……しんどい?」
馬鹿みたいな質問だった。
ルイスは、こくんと頷いた。
それだけで涙が落ちた。
「もう、いやなんだ」
ノアが固まった。
「何が……?」
ルイスは泣きながら言った。
「おじいさまが」
ノアの喉が詰まる。
「……父上が?」
「『悠馬は出来ていた』って」
その名前を出すだけで、
ルイスの顔が歪んだ。
「『おまえもやれ』って」
「……」
「ぼくは……」
声が崩れる。
「ぼくは、”悠馬おじさん”じゃないのに……!」
子供の正論だった。
残酷な正論だった。
ノアは息を呑んだ。
爆弾が父親をしている。
「……ごめん」
やっとそれだけ言えた。
ルイスは泣きついた。
「とうさま、たすけて……」
ノアは抱きしめた。
抱きしめることしか出来なかった。
(どうする)
(父上を止める?)
(休暇を取る?)
(ルイスを守る?)
(俺は何ができる)
ノアは珍しく迷った。
迷って。
答えを持っている相手を思い出した。
スマホを取る。
送る名前はひとつ。
『蘭』
『相談がある』
既読はすぐについた。
地獄は眠らない。
ルイスは父の腕の中で震えながら思った。
(クリスマス)
(アメリカ)
(いきたい)
(にげたい)
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十二月。
『冬は静かに燃えていた』
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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