その84 「距離/慣れ/確認」
いろいろ拗らせてる感
最近。
エレノアが少し遠い。
物理的にではない。
距離はいつも通りだ。
書類は正確に届く。
報告は簡潔だ。
予定は完璧に管理される。
仕事は滞りない。
合理の女は今日も合理だ。
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なのに。
(……遠い)
悠馬だけがそう感じている。
意味がわからない。
距離は変わっていない。
変わっていないのに、
変わった気がする。
最悪だ。
最初の数日は落ち着かなかった。
声をかけるタイミングがわからない。
目が合うと胃が痛む。
痛むな。
胃。
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だけど。
人間は慣れる。
どんな地獄にも慣れる。
悠馬はその才能だけはあった。
(……まあ)
(こういうものだ)
そういうもの。
そういうものとして処理する。
平常運転。
平常運転だ。
平常運転。
平常運転とは。
エレノアが少し遠い平常運転。
何だそれ。
一方。
エレノアはエレノアで、
平常運転ではなかった。
(距離を置けば)
(整理できると思った)
合理的な判断だった。
余計な噂もある。
余計な爆弾もいる。
余計な感情も……ある。
あるのが困る。
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少し離れてみる。
確認する。
これは仕事なのか。
興味なのか。
ただの観察なのか。
それとも……。
(……それ以上か)
考えるのはやめた。
合理が崩れる。
そんなとき。
スマホが震えた。
『元気?』
ロッテからだった。
短い。
素直。
若さの直球。
続けて。
『クリスマス休暇、こっち来ない?』
『パパもいる』
当然のように添えられる父親。
当然のように誘われる母親。
さらにもう一件。
レオンから。
『商談は順調だ』
『君も落ち着いただろう』
『クリスマスは久しぶりにこちらでどうだ』
淡々としている。
淡々としているが。
”エリー”、と呼ぶ声が行間にある。
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エレノアはスマホを伏せた。
(……落ち着いて確認したい)
自分の感情も。
娘の未来も。
仕事の先も。
そして。
”あの男の存在”も。
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その男は今。
数メートル先で。
平然と書類を読んでいる。
読んでいるふりをしている。
顔が若干硬い。
気づいていないふりをしている。
全部遅い。
エレノアは淡々と声をかけた。
「佐伯さん」
悠馬が跳ねた。
「はいっ」
即答すぎる。
怪しい。
エレノアは一拍置いた。
「……お変わりありませんか」
業務的な問い。
業務的な顔。
ただ。
ほんの少しだけ探る目。
悠馬は固まった。
(変わりがある)
(距離が遠い)
(胃が痛い)
(検索した)
(恋とは何か)
(中学生までだと言われた)
(四十代だ)
全部言えない。
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「……問題ありません」
平常運転の声が出た。
エレノアは頷く。
「承知しました」
合理。
距離。
確認。
悠馬は思った。
(……慣れてきた)
この距離に。
慣れてきたのが。
なぜか少しだけ寂しい。
”意味がわからない”
エレノアは思った。
(慣れてしまうのは)
(困る)
距離を置いているのに。
余計に浮き彫りになる。
最悪だ。
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クリスマス休暇は近い。
噂はまだ背景で流れている。
世界は早い。
悠馬は遅い。
致命的に遅い。
そして。
距離だけが静かに育っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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