幕間 「家庭教師地獄/クリスマス休暇」
ルイスが一番割を食っている気がしなくもない
十一月。
イングランドの朝は遅い。
空はずっと鉛色で、
八時を過ぎても薄暗く、
日が昇るというより
「ようやく許可が出る」みたいに明るくなる。
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そして。
ルイスの一日も早い。
「ルイス様、こちらを」
「ルイス様、次はこちらを」
「ルイス様、発音が違います」
「ルイス様、歴史の年号です」
「ルイス様、休憩は十分です」
ルイスは机に突っ伏しそうになっていた。
子供である。
人生が早い。
(ぼく、まだ、なにもしてないのに)
家庭教師が増えた。
増えすぎた。
増殖している。
朝も昼も夕方も。
逃げ場がない。
「……いやだ」
小さく呟いた。
誰にも届かない声。
だけど。
届く男がいた。
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「ルイス!」
明るい声。
伯爵の声。
爆弾の声。
ノアだった。
「大丈夫?死んでない?」
「しんでない……」
「よかった!」
よくない。
ルイスは鉛筆を握ったまま泣きそうだった。
「ちちうえぇ……」
「ん?」
「ぼく、もうむり……」
ノアが固まった。
珍しく固まった。
「えっ、無理?まだ午前中だよ?」
「それがむり……」
ルイスの目が真剣だった。
七歳の絶望である。
ノアは即座に膝をついた。
「わかった、助ける」
「ほんと?」
「もちろん!」
爆弾が父親をしている。
「家庭教師を減らす!」
「できるの?」
「できる!」
できない。
大体ノアのせいでこうなっている。
そこへ冷たい声。
「ノア」
凛だった。
冷気が来た。
「……何をしているの」
「助けてる!」
「助けてない」
即答。
合理の刃。
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ルイスが小さく言う。
「おばさま……」
「ルイスは悪くないわ」
優しい。
優しいが冷たい。
「悪いのは爆弾よ」
「爆弾じゃない!」
「爆弾よ」
ノアは抗議した。
「だってさ!噂がさ!」
「噂を作ったのは誰」
「……」
「誰」
「……俺」
爆弾は自白した。
凛は深く息を吐いた。
「ルイスが勉強漬けなのも誰のせい」
「……俺」
「そう」
終わり。
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そのとき。
廊下から声が飛んだ。
「ルイス様、次は数学です」
「いやだぁ……」
魂の叫び。
ノアが慌てて立ち上がる。
「待って!休憩を!」
「休憩は十分です」
「十分じゃない!」
そこへ。
場違いな声が混ざった。
「……悠馬はこれくらい普通にやってた」
エドワードだった。
さらっと言った。
さらっと。
最悪にさらっと。
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空気が冷えた。
家庭教師が止まった。
ノアが止まった。
ルイスが止まった。
凛がゆっくり振り返る。
「叔父様」
「何だ」
「今それ言う?」
「事実だろう」
「事実でも言うんじゃない」
合理と常識の衝突。
ルイスが小さく呟く。
「おじさまは……へんです……」
子供の正論。
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ノアは咳払いした。
「と、とにかく!」
爆弾は切り替えた。
「ルイス、クリスマス休暇!」
「……くりすます?」
目が少しだけ光った。
ノアはスマホを見せた。
「ほら!」
メッセージ。
アメリカから。
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『ルイス!クリスマス休暇こっち来いよ!』
『海あるぞ!あったかいぞ!』
『でかいハンバーガーあるぞ!』
『家庭教師いないぞ!』
『逃げてこい!』
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西海岸のアメリカンキッズだった。
陽気すぎる。
救いの塊。
ルイスの顔がぱっと明るくなる。
「……いきたい」
「だよね!」
ノアが即答した。
「絶対行こう!」
凛が静かに言う。
「行くなら私が管理する」
「自由じゃないの?」
「自由ではない」
「はい!」
反射。
ルイスは小さく笑った。
久しぶりに笑った。
(くりすますまで)
(がんばる)
十一月。
噂は背景で流れている。
大人は勝手だ。
世界は早い。
ルイスだけが、
必死に生きていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
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