その77 「聞いてしまった」
社員の方たちは毎回なので鳴れてると思います。きっと。
ノアが出ていった。
ドアが閉まる。
やっと静かになる。
悠馬は椅子に沈み込み、胃薬を握った。
(……困る、って何だ)
部下だ。
仕事だ。
合理だ。
そういうことにしておく。
そういうことに……
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廊下の向こうで足音が止まった。
エレノアが立っていた。
資料を抱えたまま。
戻る途中だったのか。
あるいは。
聞こえてしまったのか。
扉越しに。
『兄さんも安心して恋できるね!』
『黙れ』
『兄さん、かわいいね!』
『殺すぞ』
最悪の会話が。
エレノアの表情は変わらない。
変わらないが。
ほんの少しだけ目が細い。
理解してしまった目だ。
(恋、ですか)
心の中でだけ呟く。
(……困りますね)
誰が一番困っているのか。
それはまだ分からない。
一方。
爆弾本人は何も知らない。
世界で一番軽い伯爵は、
鼻歌まじりに廊下を歩いていた。
「ふふふ〜ん」
反省はハミルトン邸に置いてきた。
昨日たっぷり絞められたはずなのに。
爆弾は爆弾である。
「兄さんかわいいな〜」
やめて。
「これは僕が一肌脱がないと〜」
やめて!!!!!!
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ノアが角を曲がった。
そこが本社ロビーだった。
そして。
ロビーの中央に立つ人物を見て、
鼻歌が止まった。
蘭だった。
完璧な姿勢。
完璧な微笑み。
完璧に目が笑っていない。
「……蘭?」
ノアの背筋が勝手に伸びる。
蘭は静かに言った。
「ノア」
「な、なに?」
「あなた」
一拍。
「何をしているのですか」
「仕事だよ?!」
「仕事で余計なことをするなと申し上げました」
「してない!」
「しているから私はここにいます」
正論で殴られる。
そこへ。
エレノアと悠馬もロビーに降りてきた。
仕事の資料。
仕事の顔。
仕事で生き延びている男。
悠馬が咳払いする。
「……蘭」
蘭の表情が一瞬だけ柔らかくなる。
「兄さん」
妹に敬語を使い、
妹に呼び捨てされる男。
胃が痛い。
「ノアは……」
「爆弾です」
蘭が即答した。
「爆弾じゃない!」
「爆弾です」
終わり。
その瞬間。
本社の自動ドアが開いた。
冷たい風。
そして。
仁王立ちの女が現れた。
凛だった。
ノアが叫ぶ。
「えっ!?凛!?アメリカじゃ!?」
凛は優しく微笑んだ。
「帰ってきたわ」
「なんで!?」
「あなたがやばそうだから」
即答だった。
ノアが後退する。
「僕は伯爵だぞ!?」
凛が首を傾げる。
「伯爵でも弟」
蘭が頷く。
「弟です」
姉妹が一致した。
終わりである。
凛はノアの襟を掴んだ。
「行くわよ」
「どこへ!?」
「家」
「家は牢屋じゃない!」
「あなたが牢屋にするの」
正論だった。
蘭が淡々と付け足す。
「兄さんを巻き込んだら殺します」
「巻き込んでない!」
「巻き込む前に殺します」
「怖い!」
「安心してください」
一拍。
「あなたが一番怖いです」
爆弾は黙った。
こうしてノアは回収された。
本社ロビーで。
堂々と。
伯爵らしくなく。
静かになった。
助かった。
はずなのに。
悠馬の隣で。
エレノアが淡々と資料を抱え直す。
そして小さく言った。
「……佐伯さん」
「はい」
「お顔が青いです」
「……いつもです」
「いつもでは困ります」
またそれだ。
困る。
”なぜ?”
悠馬は答えられないまま、
仕事の顔に戻るしかなかった。
世界は速い。
噂は速い。
爆弾は速い。
そして佐伯悠馬だけが遅い。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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