幕間 「夏の終わり/静けさと家庭教師」
ルイス君の受難
騒がしい夏が終わった。
空港のゲートの向こうで、凛の子供たちは最後まで手を振っていた。
「ルイス!冬休み来いよ!」
「絶対だぞ!」
「逃げろ家庭教師から!」
「逃げるな!」
凛の声が混ざる。
通常運転だった。
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ルイスは小さく手を振り返した。
「……うん」
約束は軽い。
でも胸の奥に残る。
飛行機が飛び立つ。
騒がしさが遠ざかる。
残るのは静けさだった。
静けさ。
待ち遠しかったはずの静けさ。
ルイスは車の窓を見ながら、ぽつりと言った。
「……静かになるね」
誰に言ったわけでもない。
ただ、零れた。
ノアが明るく返す。
「静かでいいだろ!やっと平和だ!」
蘭が即座に言う。
「あなたは黙りなさい」
「はい……」
平和とは。
屋敷に戻ると、廊下は本当に静かだった。
足音が響く。
夏休みの間だけ存在していた騒音が、嘘みたいに消えている。
翌日。
机の上に紙が積まれていた。
蘭が淡々と告げる。
「ルイス。予定表です」
「……なに?」
「家庭教師です」
ルイスの顔が一ミリだけ曇る。
「本来なら、もう少し先でした」
蘭は続けた。
「ですが」
一拍。
「噂は噂で終わりません」
ノアが口を挟む。
「噂のせいで!?」
蘭が微笑む。
「噂のせいです」
ノアが黙る。
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ルイスは予定表を見た。
英語。
ラテン語。
数学。
礼法。
面接対策。
増殖している。
「……多い」
「伯爵家の後継者ですから」
蘭の声は優しいのに容赦がない。
ルイスは小さく息を吐いた。
静けさが戻った。
代わりに、逃げ場がなくなった。
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夏は終わった。
噂も、少しずつ形を変えて薄まっていく。
血ではなく未来へ。
隠し子ではなく進路へ。
けれど。
七歳の現実は薄まらない。
家庭教師は増える。
予定は埋まる。
静かな屋敷に、鉛筆の音だけが残る。
ルイスは窓の外を見た。
遠い空。
遠い夏。
遠い騒がしさ。
「……冬休み」
小さく呟く。
約束の季節はまだ先だ。
けれど確かにある。
逃げ道は、季節の中に残っていた。
ルイスは予定表を握りしめた。
家庭教師。
礼法。
面接。
伯爵家の未来。
うんざりする。
七歳には重い。
だからこそ。
小さな声で、しかし確かに言った。
「……クリスマス休暇は」
一拍。
「絶対、アメリカに行く」
決意だった。
噂でも義務でもなく、
自分のための約束だった。
静かな屋敷に、
小さな希望だけが灯った。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
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