幕間 「煙の整理/夏の終わり」
夏の終わりはちょっと寂しいかも
噂は火ではない。
煙だ。
火元を叩いても残る。
服に染みつき、
廊下に漂い、
誰かの口に居座る。
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ハミルトン家は理解していた。
噂は消せない。
だから管理する。
方向を変える。
薄める。
それが一番現実的だ。
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本館。
朝。
エドワードが淡々と言った。
「ノアに言っておけ」
ジェシカが紅茶を注ぐ。
「“息子です”と叫ばせないことね」
拓海が頷く。
「叫ぶなって言って聞くか?」
「聞かせるのよ」
ジェシカの声は優雅だった。
優雅だが絶対だった。
「紹介は一つに統一する」
エドワードが続ける。
「ハミルトン家の後継者だ」
「それ以上は語らない」
「語れば生々しくなる」
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悠馬は胃を押さえた。
自分は何もしていない。
胃が痛いだけだ。
世界が勝手に整っていく。
怖い。
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一方。
ロンドンの午後。
サロンには紅茶と退屈が並んでいた。
奥様方は噂を愛している。
だが噂は飽きられる。
次の餌が必要だ。
「結局、隠し子なのかしら」
「似ているのよね」
「でも伯爵家が“後継者”として扱うなら…」
一人が扇子を閉じた。
声が現実になる。
「問題はそこじゃないわ」
「え?」
「七歳よ?」
奥様が淡々と言う。
「そろそろパブリックスクールの準備が始まる年齢でしょう」
空気が変わった。
噂が進路に着地する。
「どこに入れるのかしら」
「イートン?」
「ウィンチェスター?」
「家庭教師は?」
「伯爵家は本気ね」
「佐伯氏はオックスフォードでしょう?」
「教育の筋は強いわ」
煙は薄まる。
血縁ではなく未来へ。
噂は別の形に上書きされていく。
そして。
季節が動く。
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アメリカ組の夏休みはそろそろ終わる。
子供たちは帰らなければならない。
宿題もある。
学校も始まる。
爆弾の監視も続く。
凛が淡々と荷物を確認している。
カイルが明るく言う。
「リン、大丈夫!全部アメージング!」
「静かにして」
「アメージング!」
「静かにして」
通常運転だった。
子供たちは名残惜しそうにしている。
ルイスも小さくうつむいた。
彼は何も知らない。
自分が煙の中心にいることも。
学校の名前が噂になっていることも。
凛は一度だけ振り返る。
本館の方角。
兄のいる場所。
胃薬の気配がする場所。
「……兄さん」
小さく呟いて、
何も言わずに背を向けた。
夏が終わる。
バカンスが終わる。
爆弾は回収された。
煙は残る。
だが少しずつ薄まっていく。
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そしてロンドンでは。
上司はずれたまま、
部下は淡々と隣にいる。
噂より遅れて、
別のものが動き始める。
それだけが、
まだ誰にも見えていなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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