その72 「最終日/見送り」
やっと帰れるね!
最終日。
帰国の日。
ドイツの空は今日も澄んでいた。
悠馬の胃は今日も重かった。
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ホテルのロビー。
荷物は整えられ、
予定は終わり、あとは帰るだけだ。
『ただ帰るだけ』
それが一番ありがたい。
(……やっと帰れる)
悠馬は心の底から安堵していた。
商談もない。
夜会もない。
爆弾もいない。
噂は知らない。
”今は知らない”
胃が痛いが平和だ。
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隣にはエレノアが立っていた。
いつも通り整った姿。
いつも通り落ち着いた表情。
彼女は淡々と確認する。
「搭乗時刻まで余裕があります」
「……ありがとうございます」
悠馬は反射で背筋を伸ばした。
帰国の日でも上司は上司だ。
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そこへ。
ロビーの入口が静かに開いた。
空気が変わる。
レオン・フォン・ヴァイスハルト。
余裕のまま現れる。
まるで当然のように。
「佐伯氏」
穏やかな声。
「無事の帰国を願う」
「……どうも」
悠馬は胃を押さえそうになった。
押さえない。
ここはロビーだ。
レオンは視線をエレノアに向ける。
「エレノア」
自然すぎる呼び方。
悠馬の胃が小さく痛んだ。
エレノアは落ち着いたまま頷く。
「レオン。お世話になりました」
淡々としている。
しかし。
ほんの少しだけ早い。
終わらせたい速度。
そのとき。
悠馬は気づいた。
少し離れた場所。
柱の陰。
じっとこちらを見ている影。
シャーロッテ。
ロッテ。
動かない。
笑わない。
ただ。
睨んでいる。
ウサギ処す目だ。
悠馬の背筋が冷えた。
(……いる)
(処す気だ)
胃が痛い。
エレノアが小さく息を吐いた。
ため息。
ほんの一瞬。
”母親の顔”
レオンは気づかないふりで微笑む。
「ロッテも見送りたがっていた」
「……そうですか」
悠馬は極力目を合わせない。
処される。
レオンがふと付け足す。
「エリー、元気で」
”ビクッ”
悠馬の肩が跳ねた。
条件反射だった。
胃も跳ねた。
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エレノアが一拍置く。
何も言わない。
ただ淡々と告げた。
「行きましょう、佐伯さん」
「……はい」
悠馬は即答した。
逃げるように。
ロッテの視線が背中に刺さる。
レオンの余裕が横にある。
エレノアのため息が静かに落ちる。
悠馬は心の底から思った。
(帰れる)
(やっと)
(帰れる)
世界は早い。
悠馬は遅い。
そして噂だけが、国境を越えて先に帰っていく。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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