その70 「愛称/地雷」
レオンさん、悠馬で遊ぶ回
食事は静かに始まった。
料理は完璧。
空気は重い。
悠馬の胃はもっと重い。
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レオンは穏やかにナイフを置いた。
「佐伯氏」
「……はい」
「今回の商談、見事でした」
「ありがとうございます」
仕事の話だ。
安全地帯だ。
悠馬は少しだけ呼吸ができた。
凛は黙って水を飲んでいる。
護衛というより陪審員だ。
レオンがふと視線を外した。
「本来なら」
一拍。
「エレノアもここにいるはずだった」
悠馬の呼吸が止まる。
「……そう、ですね」
何も言えない。
凛が横で静かに脚を組んだ。
圧が増す。
レオンは当たり前のように言った。
「エリーは忙しい人だ」
――地雷。
悠馬の脳が停止した。
フォークも止まった。
空気も止まった
世界が止まった。
「……」
凛の視線が悠馬に刺さる。
悠馬は固まったまま。
レオンは気づかない。
自然すぎたからだ。
レオンは続ける。
「彼女は昔からそうだ」
「……昔から」
悠馬の声がかすれた。
「え?」
凛が小さく首を傾げる。
圧が増す(二段階)。
レオンが微笑む。
「離婚しても、友人だ」
さらっと言う。
さらっと刺す。
「娘の親でもある」
悠馬の胃がきゅっと鳴った。
(友人)
(愛称)
(自然)
(距離)
(近い)
情報が多い。
胃が痛い。
悠馬は思わず言った。
「……エリー、って」
口に出した瞬間、死んだ。
レオンが一拍置く。
「ああ」
穏やかに頷く。
「昔からそう呼んでいる」
当然のように。
「彼女も私をレオンと呼ぶ」
当然のように。
凛が静かにナイフを置いた。
音が怖い。
「へえ」
声が優しい。
優しいが冷たい。
「随分、親しいのね」
レオンは笑った。
「親しいですよ」
一拍。
「今なら離婚には至らなかったかもしれない」
余計なことを言う。
頂点の余計なこと。
悠馬は完全に固まった。
(今なら)
(至らなかった)
(かもしれない)
(つまり)
(何)
意味が分からない。
レオンが悠馬を見る。
「佐伯氏はどう思いますか」
「……はい?」
「結婚とは」
突然。
なぜ。
胃が痛い。
悠馬は反射で答えた。
「……生存確認、でしょうか」
凛が噴きそうになる。
レオンが目を細める。
「面白い」
「……」
褒められていない。
悠馬は限界だった。
水を飲もうとしてグラスを掴む。
一気に飲む。
飲みすぎる。
昨日学習したはずなのに。
悠馬は遅い。
凛が即座に言った。
「悠馬、飲むな」
「……はい」
遅い。
レオンが静かに笑った。
「やはり」
一拍。
「エレノアが興味を持つのも分かる」
悠馬の胃が悲鳴を上げた。
世界は早い。
悠馬は遅い。
地雷は、踏まれた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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