幕間 「二ヶ月後の地獄(土下座)」
まぁ夫婦ですし‥‥
二ヶ月後。
世界は平然と終わった。
終わったのはノアだけかもしれない。
朝、執務室。
ノアは父上――エドワードの前に立っていた。
父上は紅茶を飲んでいる。
いつも通りだ。
世界が崩壊する直前までは。
「報告があります」
ノアの声は妙に硬かった。
「聞こう」
父上は穏やかに頷く。
ノアは一拍置いた。
置きすぎた。
そして、言った。
「蘭が妊娠しました」
紅茶が止まった。
父上の動きが止まった。
ノアも止まった。
世界も止まった。
「……」
「……」
「……父上?」
父上はゆっくりカップを置いた。
「ノア」
「はい」
「君たちは」
「はい」
「プラトニックではなかったのか」
「……間違いです」
「何が」
「全部です」
父上は目を細めた。
「二ヶ月前の“間違い”か」
ノアは死んだ目で頷いた。
「記憶がありません」
「便利だな」
「便利ではありません!!」
叫びかけて、ノアは黙った。
胃が痛い。
兄さんの気持ちが分かる。
父上は静かに言った。
「凛に連絡しろ」
「……はい」
ノアは震える手でスマホを取った。
ーーーーーーーーーーーーーー
数時間後。
画面の向こうに凛がいた。
アメリカの朝。
子供の叫び声。
夫の呑気な笑顔。
そして凛の目が冷たい。
「で?」
凛は言った。
ノアは息を吸った。
そして。
カメラの前で。
土下座した。
「申し訳ありませんでした!!!!」
床に額がついた。
勢いが良すぎて痛い。
だが痛いのはそこではない。
凛は一拍置いた。
「……は?」
声が低い。
夫が横から顔を出す。
「え、なに?ノアくん床にいる!」
「黙れ」
凛が即座に肘を入れた。
ノアは続けた。
「間違いです!」
「何が」
「全部です!」
「便利ね、その言葉」
「便利じゃありません!」
凛は静かに笑った。
笑っていない。
「妊娠?」
「はい」
「蘭が?」
「はい」
「あなたが?」
「はい」
「……殺す」
「やめてください!」
「やめると思う?」
凛の背後で子供が叫ぶ。
「ママ!なに殺すの!」
「今は大人の話!」
夫が呑気に言う。
「じゃあもう一人作れば——」
「黙れ!!!」
世界が荒れている。
ノアは額を床に擦り付けた。
「本当に申し訳ありません!」
「謝る相手が違うでしょ」
「……はい」
凛は目を細めた。
「悠馬には?」
ノアは固まった。
最悪の名前が出た。
「兄さんには……まだです」
「言いなさい」
「殺されます」
「殺すのは私よ」
凛はにっこりした。
地獄だった。
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その頃。
ロンドン。
悠馬は何も知らず、胃薬を飲んでいた。
平和だった。
嵐の前の静けさだった。
叔父上の最終計画も。
ノアの土下座も。
蘭の沈黙も。
すべては悠馬の胃に向かって収束していく。
二ヶ月後の地獄は、まだ序章だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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