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8 赤龍討伐戦 其の二

前話における一部描写(一行の人数、豪傑の喋り方など)を変更いたしました。




 ■




 あのメガネくん、死んじゃったか。



 ああ、絶望しちゃった?


 手足ブルブルで顔面蒼白。


 人が死ぬとこを見るなんていくつになっても慣れないもんね。


 しょうがないよね。




 だからどうしたよ。




 動けよ。


 早く動けよ。


 早く。


 そうしないとさ、



 ──ボクが面白くないだろ。




 ■




 身体が、動かせない。


 アリューの視線の先には、炭化したポルドの亡骸が転がっていた。

 服飾品や髪などは燃え尽きたと見え、ポルドが携えていた武器やメガネのみがわずかに残っている。


 人の死体。

 人の亡骸。


 ふと、キーン……と、金属音が鳴った。


 救われるようにそちらを見るアリューの目には、鈍重な赤龍の周りを飛び回って撹乱する鉄翼が一つ。

 リシュエットだ。

 見れば赤龍は爪を振り抜いたあとらしく、それを背の鉄翼で弾いたといったところか。他にも空中に何名かいる。見れば、火球や岩弾など遠距離攻撃も飛び交っていた。

 もう、戦っている。


 作戦は地上での戦闘だった。

 赤龍には基本的に敵に見合った場で戦闘する性質がある、とリシュエットが作戦会議の際に言っていた。それは飛行可能な人物がいたとて基本変わらないと。

 赤龍のその行動は強者ゆえ。彼らの一生において命に手がかかることは少ない、ゆえに戦いを少しでも面白く、長引かせるための行動。

 要は、舐めプ。それは赤龍がいつでも人を屠れるということに他ならない。


 加えて、『加重の呪文』の保険もあった。


 一行の内一人の能力。

 対象の感じる重量を増大させるその呪文は、赤龍が飛行する際のストレスを増やすという意味で有用であった。飛行を封じる一手としてこれ以上ない一手。



 その使用者は、ポルド。



 アリューは今一度、炭塊に目をやる。

 ──もう、この世にはいない。



 今、赤龍は空中にいる。想定外の状況。


 行かないと。

 行かないといけないのに、身体が、動かない。


 いや、あるいは────




 ふと、「麒麟児さん」とアリューに声を掛けてきたのは、目を腫らしたティリスだ。


「消火終わりました。近くにいてくれてありがとうございます」


 そう言いつつ出てきたティリスに、アリューは「え……?」と声を漏らした。


「……? 私を魔物から守るために、傍にいてくれたんですよね?」


 怪訝そうな顔を作った後、ティリスは両手で杖を握りしめる。


「行きましょ。あのクソ赤龍、ぶっ殺してやりましょ。

 私は遠距離攻撃できるので、まだ貢献できます。それでも遠くから撃ってるだけじゃ、きっとアイツは倒せない。だから、」


 よろしくお願いします、麒麟児さん。


 そう言うティリスの目には、復讐の炎が灯っていて。

 アリューには、自分がここにいることが場違いに思えてならなかった。





 アリューとティリスが森を出ると、戦いは既に始まっていた。それを見たアリューには、なにかストンと胸に落ちた心地がした。

 戦いを日常の延長みたいに捉えてるやつは基本的に死んでいくものだと、レボルが言っていた。なるほど確かに、こんなものが日常の延長であるはずがない。


 暴風が大地を撫ぜた。


「ぐぅううう!!!」


 赤龍が羽撃(はばた)いた。たったそれだけ。

 『羽』が『撃つ』の字が表すように、その巨大な翼の一動作はまるで風砲が如く一行を襲ったのだ。


 吹き飛ばされそうになったティリスの手首を掴み、アリューは体勢を低くして暴風を堪える。


 数秒後。



「収まっ────」目の前に赤龍の爪。



「────ッ!!?」


 ゴッ!!!!


 片手を反射で引き寄せ、剣と籠手でそれを受ける。

 おおよそ金属が鳴らさないような鈍い音と共にアリューは吹き飛ばされた。


 ドッ、ゴッ、ゴロ、ザザザ…………


「ゲホッ、おぇっ! ハっ、ハァ…………!」


 かなりの距離を飛ばされたアリューであったが、幸い岩山の方向にはゆかず、激突は避けた。

 転げつつもなんとか下手くそな受け身を取ることに成功し、骨折等がもたらす類の痛みは感じない。


 そういえば、アリューの近くにいたティリスは──


「そうだ、つっ、杖の人!」

「“閉じよ球獄”!!!!」


 アリューが顔を上げると、聞き覚えのある詠唱文が耳をついた。

 レボルとティリスを囲った半透明な半球で、赤龍の尾が弾かれる。赤龍が、少しよろけた。


「遠距離!! 斧槍ぃ!! やれぇ!!!!」


 レボルが声を張り上げると赤龍の近くにいた者たちがはけ、岩山の上や陰や森の中から顔を出した遠距離班から攻撃が飛び交う。


 火球──赤龍の鱗が掻き消す。

 雷槍──赤龍の頬を掠める。

 岩弾──赤龍の翼を貫く。


「翼一枚取りました!!」


「よくやった!!!」と斧槍の豪傑が叫び、詠唱する。


「“我が両足(りょうそく)、天踏み越えんとす”!!」


 ビョオッ、と風を切って豪傑が跳んだ。


 跳躍の呪文。

 高く空を舞った斧槍の豪傑はしかし、己が獲物を握りしめ全身の力を込めて振り抜いた。



「フンッ!!!!」



 斧槍が赤龍の首に着撃すると、ドォン!!!と轟音。


「回収!」


 余韻などなくリシュエットが斧槍の豪傑を掴み、場を離れた。


「良い一撃でした」

「当たり前じゃい。斧槍(これ)一筋三十年だぞ」


 満足気に運搬される斧槍の豪傑の目には、赤鱗に血を滲ませた縦一文字の傷があった。


「まだ終わってませんよ」とだけ言って、リシュエットは豪傑を下ろしたのち、アリューの近くへと寄る。


「アリューさん、役割変更です」

「…………」


 立ち上がりつつ、アリューは言葉を待つ。


「あなたが森から出てきた途端、対象が地面に降りました。理由は分かりませんが…………あなたが狙われてます。

 好都合です、対象の誘導を」

「……は?」

「急な変更ですみませんがご了承を。ティリスさんかとも思いましたが、あなたが出てきたその時に降りてきたのは確認しました。あなた狙いで間違いない。

 反撃はしなくてもいいので、とにかく奴を釘付けにしてください」


 ………………了解、と夢の中の口調を真似してぶっきらぼうに言ってみたアリューに、「任せました」とだけ言ってリシュエットは飛び立った。


 遅れて、その指令が脳に染み渡るような感覚。



 ──え、俺?



「“溜め”、来たぞ!」


 その声にアリューがハッと顔を上げると、いつの間にやら体勢を戻した赤龍が大口を空け、赤く発光していた。


 赤龍がこちらを向く。


「────っ!!!」


 嫌な汗がブワッと噴き出し、逃げ道を探す。

 左──森。ダメだ。


 背を向けることも、真っ直ぐ行くことも論外。


 ──右!!



 アリューが駆け出すと、伴ってドラゴンの首が彼の軌跡をなぞった。


「この野郎……!」


 駆け出したアリューを横目にレボルが歯ぎしりする。アリューと正反対に、レボルは赤龍に近づくべく走っていた。


「俺じゃあ不満ってかぁ!!!?」


 スライディングしたレボルが赤龍の口の下に潜り込む。

 赤龍に触れないよう身体を小さく畳み、


「“閉じよ球獄”!!!」


 パァン!!と音を立てて赤龍の口が跳ね上がる(・・・・・)。レボルを囲って展開された半球が、赤龍を押し上げたのだ。


 空に熱線が放たれる。




「ブレスは一度撃ったら暫く使用できません! 近距離班、攻めますよ!!」


 リシュエットの叫声を皮切りに、遠距離班の護衛に徹していた他の近距離班が赤龍に殺到する。


「その首よこせやぁああああ!!!」


 レボルが雄叫びを上げ、身体強化を掛けた全身のバネを使い、手に握った棍棒を投擲した。刃物も何もついていないそれは、しかし凄まじい勢いをもって赤龍の喉に突き刺さる。


「わざわざ弱点(柔いとこ)用意してんじゃねえよ、親切だなぁ!!!?」


 先の斧槍の一撃と合わせて、首を挟むようにして傷跡が刻まれた。


「空中班は上を!! 地上班は下から!!」


 叫びながらリシュエットは身体を回転させ、コマの如く背の鉄翼で赤龍の目を抉った。


 ォォオオオオオオオオ!!!!


 赤龍が苦悶の咆哮を上げる。それだけでバチバチと空気が震えるように感じられ、アリューは思わず耳を塞いだ。


「アリューさん!!!」


 しかしリシュエットの大声が彼の耳に届く。


「何してるんです!! あなたも加勢を!!!」


 一方的に言い切ると、リシュエットは赤龍に意識を戻し、抉られていない目のほうを飛んで撹乱に努める。


 アリューは、思った。


 やめろよ。


 リシュエットも、ティリスも、赤龍も。



 俺はただの凡人なのに、俺に何かを求めるなよ。






「足止めないよー」





 ふと、鈴を転がしたような軽い声が聞こえて。

 アリューが声の聞こえたほうを見ると、岩山に立つ金髪の少女の姿があった。



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