7 赤龍討伐戦 其の一
「6 二人の少女」におけるクラフィの一人称を私→ボクに変更いたしました。
ご了承のほどよろしくお願いします。
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──心臓の鼓動がうるさくて、うまく話が聞こえない。
「件の赤龍はかなりの巨体です。ある程度の駆動力のある方、遠距離攻撃を持っている方以外は防御と囮、及びカウンターに徹してください」
馬車の揺れでかすかに声を震わしつつ、リシュエットはそう指示した。天蓋のない馬車には太陽光がふんだんに射している。
三台用意されていた馬車であるが、作戦会議のため、集結していた戦力は一度馬車を下り、麒麟児一行の乗っている真ん中の馬車の近くに集まっていた。
「とりあえず私は飛行できるので前に出ます」と言いながらリシュエットはスラスラと紙に図を描き込んでいく。
描き終わると紙を皆に示し、羽根ペンでつつく。
「近づける方、遠距離攻撃できる方は目や口など対象の弱い部分を突いてください。怯んだ隙に削っていきましょう」
「ブレスに関してはどうする」
斧槍を担いだ豪傑の問いにリシュエットは、「なるべく上空に逸らします」と答える。
「ブレスには数秒の溜めがあります。その際には大きく吸息しますのでタイミングも計りやすい。口を攻撃して発射を遅らせつつ、顎なりを蹴り上げてなるべく何もない方向に逸らしてください。
対象は森林の近くにいます。ブレスを避けても火事になれば私たちは逃げ場を失う」
「あ〜そっかあ、別に脅威は赤龍だけじゃない!」と杖を携えた少女が声を上げた。
「そうだなあ、そいつは魔境の近くにいやがる。魔境は魔物ひしめく伏魔殿だ。刺激しちまったら、対処しないといけねえ相手が増えちまいやがる」
馬車に背を預け、鼻をほじくりながらにレボルが言った。指についた粘着物を弾くと、大きなあくびを一つ。
きちゃなーい、と杖の少女が渋い顔をするが、レボルは何も気にしない様子で今度は耳をほじり出した。
「ちなみに対象の近くに行けるという方は」
リシュエットが言いながら挙手を促す。彼女や斧槍の豪傑含め、四名が手を挙げた。それに満足気に頷きつつ、
「レボルさんは無理でしょう」とリシュエットは、ドヤっとしつつ手を挙げた老け顔をバッサリ切った。
「あぁ!? なんでだよ戦らせろや!」
「レボルさんはどう考えても防御でしょう。あなたほど防御が適任な方もいませんよ」
憤慨するレボルと対照的に、お茶でも啜っていそうな落ち着きを見せるリシュエット。
不満をたっぷりと顔に滲ませていたレボルだったが、いくら言っても効かないと悟ったのかぐぬぬと唸りつつ「わぁったよ」と吠えた。
「さすがですね……“猛犬”のレボル様に、それを表情一つ変えずにいなす“鉄翼”のリシュエット様。佇まいだけでも実力が伝わってきます」
見惚れるような様子で、身体のひょろ長く眼鏡を掛けた青年が言った。
しかし褒められたはずの二人は露骨に眉をひそめる。
「おい、若造。その名で呼ぶのはよしてくれや」
「え?」
「レボルさんはその二つ名が気に入ってないらしいのです。理由は──」
「誰が犬っころだっつの」
「──だ、そうです。私も普通に本名で呼んでください」
二つ名なんて誰を指しているのか分かりづらくなるだけですから、とリシュエットは付け足した。
「そっ、それは失礼しました!」とひょろ長の青年が顔面蒼白にして頭を下げた。立ち止まった彼を置いて馬車は依然進んでいる。
「大丈夫ですので、早く歩いてください」
リシュエットは少々面倒くさそうに言ったのち、思い出したように作戦会議を続行する。
ひょろ長の青年に「どーんまい」と杖の少女が励ますように背を叩いた。パーティメンバーなのだろう。
「まとめますよ。
接近班は挑発及び急所を攻撃。メイン火力は遠距離班の皆さんです、全体を削ってください。なるべく鋭い攻撃を加えないと鱗に弾かれますのでご注意を。レボルさん筆頭に地上班は遠距離班に伸びる攻撃を食い止め、カウンターを加えてください」
そして、
「アリューさんは、遊撃」
と、馬車の端っこにいた彼のほうを向いた。
アリューの身体がかすかにビクッと震える。
「いつも通りお願いします」と、他の者には細やかな指示を出していたリシュエットは、ひどく簡潔な指示のみをアリューに下す。
そんな指示で良いのか?と怪訝そうな表情を作る面々は、しかし問うのをやめた。
なぜか。
そこにいるのが、麒麟児だからだ。
「それにしても、討伐作戦を決行するのえらく早いですよね? 王命受けた次の日だなんて」
ふと、杖の少女が言った。
「いくら甚大な被害を及ぼしているからといって、ここまで早いとは正直驚きましたよ〜」
でも麒麟児一行の皆さんがいるのなら安心ですね、と杖の少女は付け足す。
それに答えたのは斧槍の豪傑だ。
「何も、ドラゴンだけが脅威ではないからの」
「魔境の魔物……ではなく?」
リシュエットが作戦会議に使っていた紙を裏返し、そこにまた何やら書き連ねる。
「王国は周りを魔境──魔物の群生領域に囲まれていますから、国外からの侵略の心配が要らないのはご存知ですよね?」
「まあそれは……」
「じゃが、国内の脅威がないわけではない」
斧槍の豪傑が答え、リシュエットが二つの丸の中に文字を書いた図を見せつけた。
「その双頭が、魔物と異民族です」
杖の少女がほうほうと唸る。
「強い魔物が台頭し続ければ魔物の活性化に繋がりますし、魔物の被害が街にまで及べば、どこからともなく異民族が襲撃してくる可能性があります。
単純に、これ以上被害を出さないためでも弔いのためでもありますが、二次被害を出さないためにも、早急な対応が求められているのです」
「……な、なるほど! 勉強になります!」
「王から依頼されるほどの実力は持っているようですし、てっきり知っているものだと思っていましたが」
斧槍の豪傑がレボルに話し掛けている裏で、杖の少女は「いやぁ〜」と何故か照れたような様子を見せ、ひょろ長の青年の背中をバシッと叩いた。
「私の村は山奥にあったのでそういう情勢に疎くて……ポルドぉ先に教えてよお、私完全にバカなやつじゃん」
「ティリスは言っても忘れるじゃないか」
眼鏡をチャッと掛け直し、ひょろ長の青年──ポルドが言った。それもそうかー、と杖の少女──ティリスが笑う。
二人はタイプは違えどとても仲がよく見え、アリューは少し頬をほころばせる。
しかし、
「おい」とレボルが一喝した。
「今日は街を散策に出てんじゃねえんだぞ。お前らちゃんと戦えんのか? 戦闘中に乳繰り合い出したりしねぇだろうなあ?」
「なっ……! しませんよ! これでも戦闘経験は積んでます!!」
一気に顔を赤くしたティリスが憤慨する。当のレボルは「どうだかなぁ」と爪を弄くった。
「戦いを日常の延長みたいに捉えてるやつぁ、基本的に死んでくもんだぜ」
そう吐き捨ててレボルが大きなあくびをかき、舟を漕ぎはじめる。場の空気を凍らせた自覚はないらしい。
しかしアリューには、気まずさなど感じる余地は微塵もなく、ただただ、一時忘れられた感覚が蘇ってきただけなのであった。
今から俺は、死地に赴く。
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「馬車はここらでいーだろ。あんま近づくと魔物の餌食だぞ」とレボルが言ったので、事前に伝えられていた対象所在地から少し離れた地点で一行は馬車を下りた。
馬車はそこに留まり、彼らの帰りを待つことになる。
赤龍は幸いにも魔境の端のほうにいたため、魔境を走破するといった危険を冒す必要がなかったのは僥倖であった。
楕円形を描く形で位置している魔境の縁に沿って、対象に近づく。
そして、赤龍が位置しているという岩山の近くに来たので、森に身体を潜めて様子を窺った。
その森もまた魔境の一部。空気が凍ったような感覚がした。
あまりに、静か。
「もうすぐです。皆さん、構えて」
リシュエットがそう言ったのと同時に皆が武器に手を伸ばし、また「“我が身に宿すは闘争の加護”」と呪文を唱える。
アリューもまた息を整え、身体強化の呪文を唱えた。
村で習っていたのでアリューも呪文自体は使用できる。しかし不慣れなのは確かなので、周りの者よりもぎこちない動作だ。
加えて、マナの巡り方もなんだか不自然。
その違和感に気付いたレボルが喉の奥を鳴らす。
「…………おいアリュ」
「敵襲!!! レボルさん防御を!!!」
ふと、一行を影が覆った。
瞬間、肺を焦がすような炎熱。
その熱の出処──上を見ると、赤鱗の塊が一つ。
追って、熱線。
「レボルさんに触れて!!!!」
「“閉じよ球獄”ゥ!!!!!」
一行がレボルの近くに押しかけ、彼の身体の一部に触れた。しかしポルドが、間に合わない。
「待っ──────」
ボオォォォォオオオオ!!!!
一行を覆い隠すように展開された半透明の半球に、熱線が直撃した。
両手を掲げ、「ぐぅううう!!」とレボルが歯を噛み締める。十数秒続く熱線と、半球の耐久は、同時に終わった。
半球が開けると、肉の焦げたような臭い。
「ポルドっ!! ポルドっ!!」
「くそっ」とリシュエットが短く呟く。
半球が彼らを覆っていた間、半球を叩き続けていたティリスがポルドがいたところに駆け寄るが、数歩歩いた末、足が止まる。
ひょろ長のシルエットを形作っていた黒い物体が、蒸気を出しながら倒れた。
そこには、人の形をわずかに留めただけの炭塊があった。
「ぁあああ…………」
「嘆くのはあとになさい。敵の眼前ですよ」
冷静に言いつけるリシュエットは、纏ったロングコートの内側から短刀を取り出しつつ前に出て「“汝は我が飛翔の糧”」と呪文を唱える。
すると、短刀が霧状になって分解され、代わりにリシュエットの背中に刃の翼が生えた。
続けてロングコートの中から抜き身の剣を二本取り出す。
「私が岩山のほうに誘導します。遠距離班はその補助。可能な方は森の消火を」
そう言ったのち、リシュエットは重そうな翼と裏腹に軽々と飛んだ。
斧槍の豪傑がティリスの背中に手を当てる。少女は涙を拭うと、立ち上がりざまに呪文を唱えて杖を掲げる。そして周辺に展開された氷柱を赤龍に向けて発射した。
「消火は私が引き受けます」と目を腫らしたティリスが言い、それに一行が頷く。
棍棒を握りしめたレボルが先頭に立ち森を出る中、豪傑がどいたことでアリューの目に炭塊が映った。
「ひっ」とアリューが声を零す。
それは、先ほどまで言葉を発していた人間。
息をしていて、心臓を、心を動かしていた人間。
──だったもの。
皆に続かねばならないのに目を逸らせず、炭塊の、空っぽの眼窩と目が合った。




