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4 依頼について


 耳を疑った。というより、耳がおかしくあってくれと願った。


「対象は赤龍。

 かの個体は一ヶ月前フェザリノと王都を結ぶ街道に現れ、その場にいた商人六名・観光客十三名・冒険者四名を食い殺し、他五名に重傷を負わせた。

 その後姿を眩ませたが、三日前に第四地区近くの草原に再び姿を見せ、当時別の依頼に当たっていた冒険者の片腕を焼き切った」


 その冒険者はまだたった十七の少女だった。王は怒りを滲ませながら付け足し、淡々と語った。

 先の威圧感とはまた違った気迫。しかしそれに臆せず発言したのは、やはりリシュエットであった。


「その事件については私たちも耳に挟んでいます。しかしかの個体は三日前の事件のあともまた行方知れずになっていたのではありませんでしたか?

 偉大なる王のことです、まさか私たちに捜せとは仰らないでしょう」

「もちろんだとも、リシュエット。かの個体は昨日第四地区近くの魔境にて眠っている姿を発見された」

「第四地区近くの……?

 もしや私たちが先日赴いた定期調査ですか?」


 リシュエットが導き出した答えに、王は仏頂面を貫きつつ首肯する。


「調査員一名が用を足しに隊列から離れたところで発見したそうだ。

 彼はすぐにその場から逃げ出したゆえあまり詳細は見ていなかったそうなのだが、彼の証言から、五十メートル近くある巨躯や右目の下にある傷跡など特徴が合致していた。件の赤龍で間違いない」

「それで先日の調査は普段より早く切り上げられていたのですね」

「あぁ。貴様らにドラゴンのことを伝えてる時間も惜しむほど切羽詰まっていたのだろう」


 ドラゴンがその調査員の見間違いだったという可能性は。既に裏取りは済ませている。

 その掛け合いで満足したようで、リシュエットは「貴重な情報、痛み入ります」と恭しく礼を述べた。


 すると、「ところで国王サマ、なぜ俺等なんですかい」と軽々しい口調でレボルが問うた。


「冒険者だけならともかくとして、民間人も害しているんじゃ王がお怒りになるのも無理はない。今すぐにでもかのドラゴンの首を断ちたくてたまらないでしょう。

 ただ、なぜ俺等なので? 憲兵たちは。他の冒険者は。

 俺等にだって事情と準備というものがあります。数ある戦力の中から俺等を選んだ理由くらい教えてくれたっていんじゃないですかねぇ」

「貴様らが最も適任だからだ」


 間髪を入れずに王は答えた。ほぅ、とレボルが零す。


「まず憲兵の仕事はあくまで街の警邏だ。近づいた敵を迎撃することはあれど、積極的に街の外へ攻め入ることはせぬ。それは冒険者の仕事だ。

 他の冒険者に関しては、貴様らにとっては足手まといでしかないと判断した。もちろん十数名ほど戦力は集めるが、この王都で最も討伐の可能性があるのは貴様らだ。麒麟児一行よ」

「王にそこまで信頼を置いていただけるとは光栄の限りですなぁ」


 なぁアリュー。……アリュー?

 レボルが間の抜けた声を漏らしたとき、国王が強い口調で話し出す。


「よいか、麒麟児一行。

 かのドラゴンは二度我が国民に手をかけ、今なお王都の近くでのうのうと息をしておる。もはや奴はただの害獣ではない。明確な、我が国の敵だ。

 我が国を脅かさんとするものは、魔物も異民族も、たとえ国民でさえも必ず葬らねばならん」


 国王は一拍置いて、粛々と言った。


「実行は明日だ。明日の午前十時、第四地区の門に馬車と戦力を用意し、出立する。

 のんびりとしていてはまた根城を移しかねないのでな。今、ここで、確実に殺す」



 アリューはもう、何も言わなかった。



「容赦はするな」




 ■




「……はい、用意できました。では『我が運命は此処にあらず』と詠唱していただいて」


 アリューが『我が運命は此処にあらず』と繰り返すと、彼の内から淡く発光が見られる。その光に呑まれるようにして彼の姿がほうと消えた。転移の呪文であった。

 転移が完了したことを確認した王城の職員がフーッと大きく息を吐いた。


「お二方は第一地区門付近でよろしいのですよね?」と職員が振り返りざまに訊く。彼女の視線の先にはレボルとリシュエットがいた。

 レボルは壁に寄りかかっており、リシュエットはピシッと背筋を立てて待っている。


「あぁ、それで合ってるぜ」

「よろしくお願いします」


 では用意しますのでしばしお待ちください、と職員の少女が言った。

 彼女は見た感じ二十歳かそこらといったところで、初々しい態度が目立つ。だが王城で勤務しているほどの実力は持ち合わせているようであった。


 職員少女はテクテクと小走りし、先ほどまでアリューが立っていた祭壇の真ん中に触れた。

 祭壇には“召喚状”と同じで星のマークを幾重にも重ねたような紋様が刻まれている。


「王城に行くときも帰るときも転移とは……一応伝説の呪文じゃなかったんかねぇ。こうも気軽に酷使されては過去の賢者が泣くぜ?」


「転移呪文こそが王城の守りの要ですからね。

 王城はこの国の最重要施設、常に認識阻害や結界の呪文が掛けられていて普通の方法では立ち入りできません。しかしどんな堅牢も攻略法(いきかた)さえ知ってしまえば意外と脆いものです。

 そこで転移呪文を用いることで、特定の人物だけを招きつつ王城への道を知らせない。加えて万一の侵入者にも対応可能です。

 伝説の呪文だろうとなんだろうと、使えるものは全て使う姿勢が完璧な体制を作るんですよ」


「長い解説をどーも」


 話ちゃんと聞いてましたか、と言うのをリシュエットは止めた。どうせ聞いていないと思ったからだ。

 この男はいつもマイペースだ。まとも付き合っていては無駄に疲れるだけだというのを、リシュエットはおよそ一年半のパーティでの日々で理解していた。

 だが現状この男しか話し相手がいないのも、また事実であった。


「今日のアリューさん、何だか変でしたよね」


 リシュエットは王との謁見の際に感じた違和感を口にする。


「そうか?」

「はい。普段の彼なら王に召喚を受けようともっと無機質な反応だったはずです。

 少なくとも、今まであんな慌てて怯えた彼を見たことはありません」

「昨日の魔物の影響じゃないのか? 外傷はなかったのに倒れたんだ、何かしらのマナ的な干渉を受けたことは確実だ。

 魔物の呪文受けたやつが一日酔っ払いみたくなったなんてよくある話だろ」

「それとは様子が違いました」

「じゃああれだ、王に謁見するなんてそうそうない機会だ。あいつも浮き足立ってたんだろ」

「しかし…………」

「だぁーもう大丈夫だっつの!!」


 リシュエットの詰問に耐えかねたのか、レボルは声を張り上げて頭をかきむしる。

 大の男が威圧的態度を取ったがしかし、リシュエットは冷静に、


「その根拠は?」


 と問うが、レボルの回答はとてもシンプルなものであった。


麒麟児(あいつ)だからだ」


 その声には確信が籠っていた。


「今までのあいつを思い出してみろよ?

 盗賊団の殲滅依頼のときも、一撃も食らわずに何十人も斬ってた。

 “血みどろ”と()ったときも走り回って奴さんの攻撃を避けては、食らいついてた。

 西の戦場でも一切止まらずに千人単位の味方を救ってた。

 ……なぁ、これであいつのことを信頼できねぇなら、オマエは今まで何を見てきたんだ。リシュ」


 あいつは大丈夫だ、とレボルは強く言い切った。

 自分より一年長くアリューとパーティを組んできた男だ。恐らく王都で最もアリュー=エアソン、麒麟児を理解してる男だ。

 信頼が、違った。


「…………そうですね」と、リシュエットはため息交じりに言う。


 彼らが話している向こうで、今なお職員の少女は方陣とにらめっこしている。そんな彼女が、「あぁー!」と叫声を上げた。


「あっ、あの! お二方が行くのは、“第四地区側の”門でよろしいのですよね!?」


 少女が「マジでやっちまった」といった顔で訊いてくる。

 大方、転移先の詳細を設定し忘れたのだろう。転移呪文は複雑で、詳細までしっかりと設定しなければ発動せず、発動しても失敗に終わってしまう危険性がある。

 万一設定し忘れていれば、また最初からやり直しだ。


 どうやら、また長い時間待たなければならないようである。


「あぁ、それで合ってるよ!」


 とレボルが声を上げた。

 結局彼らが転移を終えられたのはそれから十五分後のことであった。


 

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