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3 王命

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 麒麟児という者がどれほどの人間だったのか、アリューはまだ測りかねていた。


 冒険者であり、同業(ロダン)はおろか医師であるジェフにすら名が知れていて……

 そこに『王城にお呼ばれするほどの人物』というトピックスが加わったわけであるが、当然王城はぶらり街散歩といったノリで訪れられるような気安い場所ではない。


 麒麟児が実は極悪人で、王城に誘い込まれているのではないかなどと変な妄想をしてみるも、そんなわけないよなと妄想を振り払う。


「へぇー王命ってこんな感じで来るんすね!」


 ロダンは興奮気味にそう言いながら、アリューの手元に渡った便箋を覗き込む。

 

 便箋には表に『アリュー=エアソン 召喚命令』と大きく記されており、裏にはその詳細と謎の紋様のようなものが描かれていた。


「そんな呑気にしてる場合じゃないでしょう!

 王直々の召喚ですよぉ! すぐ向かわないと何があるかわかりません!」

「なんでセンセが一番慌ててんすか」


 そんな二人を横目に、アリューの目は便箋に釘付けだった。

 王直々の召喚状という珍しさに、彼生来の臆病さがかき消されてしまったのやもしれない。

  

 そこで、アリューはある違和感に気付いた。


 裏側、星のマークをずらして幾重にも重ねたような紋様の真ん中に文字列が浮かんでいたのだ。文字列は透明なのに見えているような、まるで変な気配を持っていた。

 なんと書いてあるのかよく分からず、アリューは便箋を近づけて目を凝らす。


「麒麟児さん、何か見えるんですか?」


 言いながらジェフも便箋を覗き込んだ。

 アリューが「この真ん中、変な字が見えません?」と渡してみると、ジェフは白衣をまさぐって老眼鏡らしきものを取り出した。


 しかし、「うーん、特に何も見えませんねぇ」と彼には見えない様子であった。ロダンも同様に。

 アリューにだけ見える字? そんなことが可能なのだろうか。


「というか、そんなこと気にしてないで早く支度をしましょう!

 あなたに処方しようと思っていたお薬とか持ってきますので、麒麟児さんはそこにある服に着替えてください!

 流石に患者衣で王城に行くわけには行きませんよぉ!」


 そう叫びながらジェフが別室へと走る。

 どうやら王命を断る、という選択肢は残されていないらしい。彼の言う通り早く着替えなければなるまい。

 しかし不思議と、着替えに伸ばす手が止まる。その手は便箋へと向かっていた。


 変な感覚だ。

 まるでこの文字列を読まなければいけないような、根拠のない焦燥感に駆られた。


 ゆっくり、じっくり、文字列に目を通す。


 ──読めた。


「『汝の運命(さだめ)は其処にはあらず』……ハッ、なんじゃそりゃ」


 読み解けたものは結局なんとも分からない文章があるだけで、拍子抜けしたアリューが鼻で笑ったそのとき、

 紋様が突如として光を放った。


「眩しっ!」

「便箋が光って……!?

 えぇっ麒麟児さん! なんか透けてないっすか!?」

「はい!?」


 ロダンのその言葉がまやかしではなかったことを、目を塞いでいた手が透けていることで悟る。

 だがそのことに驚いている暇などなく、紋様が放つ光が更に強さを増し、爆発でもしたかのように閃いた。






「…………収まった?」


 ロダンがゆっくりと目を開く。


「ちょっと二人ともぉ!

 なんですか今の凄い光…………あれ?

 麒麟児さんはどこに?」


 ジェフが困惑した声を上げる。

 ロダンの視線の先に、もうアリューはいなかった。





 ■





 一人の、凄まじい覇気を纏った男が佇んでいた。


 ドッシリと玉座に構え、右手で頬杖をついている。その腕や首は丸太かのように太く、筋肉量が圧倒的なことが伝わってきた。

 炎のような長い赤髪を首の辺りで束ね、赤い髭を顎に蓄えている。彫りの深い顔つき。

 髪と同じ色のマントを纏い、金に輝く王冠を頭上に讃えていた。



 ──国王、ディグル=リオルブその人であった。



「……おい、おいアリュー!」

「跪いてください、王の御前ですよ」


 突如として現れたアリューに驚くこともせず、しきりにアリューに声を掛ける二人がいた。


 片やボサボサのオレンジ色の髪に無精ひげ、老け顔の男。片や艷やかな緑髪をお団子にしてまとめた、目つきのキツい美人な女。

 二人はとうに片膝をついて跪いており、しきりにアリューを咎めている。


 張本人のアリューは何も出来ずにいた。


 突如として違う場所に来ていたことによる混乱で、上手く頭が回らなかったのである。

 そのままボンヤリした頭で周囲を見渡した。


 広い空間だ。

 白い石で築かれていて、両の壁に大きな窓が並んでいる。天井には豪華絢爛なシャンデリア。

 足元には赤いカーペットが敷かれていて玉座まで続いていた。そのカーペットから一歩離れたところに数人、国王の側近らしき人が控えていた。

 数段階段を登った先に、玉座がある。


 玉座に座った国王が、ふと口を開いた。




「よく、来た」




 瞬間、アリューは反射で跪いていた。

 それは生物的勘。圧倒的上位者に対する最大限の自己防衛。熱いものに触れたら無意識に手を引っ込めてしまうように、国王の一言で脊髄反射を起こしていた。

 話し掛けられている。

 その事実が、まるでこめかみに銃口を突きつけられているような圧迫感をアリューにもたらしていた。


 歯が、指先が震える。呼吸が乱れる。一秒に何十回も心臓が鼓動する。


 怖い。

 目の前にいるのは、もはや人間ではない。

 アリューには彼が“恐怖”という概念そのものに思えた。


「うむ、存外腑抜けかと思ったが、今の殺気を感じ取れるならまあまあといったところか」


 彼がそう言うと、途端に威圧感が消えた。


「すまぬな、任せてよいか測りかねていたのだが大丈夫そうだ。アリュー=エアソン、レボル=ファーマン、リシュエット=ルース。突然の召喚によく応じてくれた。

 して……なぜ貴様は患者衣なのだ、麒麟児よ」


 指摘されて、アリューは自身の衣服が治療院のときに着ていた患者衣そのままなのを思い出す。

 そういえば着替える前にあの便箋に書いてあった字を読んだらいつの間にかここにいたのだ。

 恐らくはあの一文を読むことで何らかの仕掛けが作動したのだろう。着替えてから読めば良かったとアリューは内心後悔する。不敬と見做されてしまうやもしれない。


 など考えつつ、早く答えねばヤバいとアリューは言葉を探す。


「あっ、えと」と声を漏らしたとき、


「僭越ながら私、リシュエット=ルースが答えさせていただきます」


 緑髪女──リシュエットが言葉を繋ぎ、


「彼は先日の依頼で夜の見張り番をしていた際に魔物の襲撃に遭いました。あとから起きた私たちも協力して撃退したものの、何らかのマナ干渉を受けたのか彼は帰路で倒れてしまいました。

 その後そこのレボルが彼を治療院へと運んだため、患者衣を身に着けているのです。

 着替えていないのは、恐らく着替え前に詠唱してしまったからかと」


 と、よどみない口調で答えた。

 彼女の凛々しい顔つきから冷静沈着なイメージを持っていたがどうやら正解だったようである。

 また話の内容から、彼らこそが麒麟児のパーティメンバーなのだということにアリューは気付いた。


「なるほどな。合っているか麒麟児よ」

「あっ、はい!」

「そうか。『届け人』自体はその者がいる近くに放てるのだが儂本人には届け先がどこなのか分からぬのだ。転移の呪文は……例外なく詠唱した瞬間に発動してしまうのは問題点だな。

 タイミングが悪かった。貴様の不敬は不問とする」

「おっ、王の寛大な御心に感謝致します」


 アリューは下手くそな敬語で返事をしつつ、やはりあの文章は仕掛けだったことを確認し、また、不問にされてなかったらどうなっていたのやらと鳥肌が立った。

 とりあえず、次があったら絶対に読むより先に身支度を整えよう、と心に留めておく。


「ところで王よ、本日はどんなご要件なんでしょうかい」

「レボルさん、不敬ですよ」

「こうでもしないと話が始まんないだろ」


 はぁ、全く。

 リシュエットがそう呟きながらにため息をついた。


「ウチの老け顔が申し訳ありません、王よ」

「おい老け顔いうなリシュ」

「しかし、ご要件を教えていただきたいのは私も、そこの麒麟児も同じにございます。

 失礼を承知の上で、何ゆえ私どもをお呼び出しになられたのか教えていただきたく存じます」


 リシュエットの語りにレボルが水を差すが、何も気にしていない様子でリシュエットは国王に嘆願した。

 二人から滲み出る親しさに疎外感を覚えるアリューであったが、国王が話し出したので意識をそちらに戻す。


 国王の視線が、再びアリューへ向けられた。




「貴様らにドラゴンを討伐してもらいたい」




 一瞬、理解が遅れた。


「……………………は?」


 

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