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2 嵐の前触れ

「1 最初の朝にて」でのアリューの髪色の記述が灰色→栗毛色→黒色と右往左往していましたが、結局灰色に落ち着きました。

混乱を招いてしまい申し訳ありませんm(__)m


 ほどよく温められたスープをスプーンで掬い、アリューがするりと喉に流し込むと、玉ねぎの風味が身体の奥まで行き渡る。


「……うまっ」と、思わず言葉が零れた。


 医者──あのあとジェフ=マッカローという名前だと知った──が用意してくれたメニューは、よく煮込まれた野菜のスープ、白身魚を焼いたもの、コッペパンといったものだった。

 質素と言えばそれまでだが、栄養バランスがよく考えられているのが伝わってきた。かぐわしい香りが鼻腔をくすぐる。


 如何に心が荒んでいても身体は正直だ。三大欲求に関することは特に顕著だと言えよう。どれほど悲しみに暮れていようが怒りが煮えたぎっていようが、眠くなるし腹は減る。

 現に先ほどもアリューは混乱の渦中にいたというのに、腹の虫は大変元気であった。

 人が生を営んでいる以上、睡魔とも腹の虫とも獣性とも上手く付き合っていくしかないのだ。


「それは良かったです。

 とは言ってもガツガツ食べ過ぎても胃がびっくりしちゃいますから、落ち着いて食べてくださいねぇ」


 ジェフのその言葉に素直に従い、アリューはゆっくり匙を進める。

 その様を満足気に眺めつつ近くの椅子に腰掛けるジェフと、ジト目で『腹が減ったんすけど』とジェフに訴えかけるロダンが対照的で、アリューはつい頬が緩んだ。


「はいはい、君の分もすぐ用意しますから待っててください。

 私も呪文を使ったから疲れてるんですよ? 君の(・・)治療でねぇ? 休憩くらいさせてくださいってば」

「分かったすよぉ……」


 そう言われては仕方はないといった様子で、ロダンはベッドに背中から倒れ込み、両腕を掲げて伸びをした。

 それを横目にアリューはスプーンからフォークに持ち替え、白身魚を頬張る。ほどよい塩気が白身魚の淡泊な味わいを引き立てていた。


 ふと、「……ん?」とロダンが何か引っかかるものがあるような声を漏らす。


「ロダンくぅん、貴方の朝ごはんはもう少し待ってと……」

「いや俺もそこまで意地汚くないっすよ。

 そうじゃなくて麒麟児さん、手ぇ震えてますけどどうしたんすか?」


「え」といった声を上げて、アリューは手元を見やる。

 フォークを持つ手が細やかに震えていた。


「あー、ちょっと冷えますからね。

 でもスープもあるので心配しなくて大丈夫です」


 アリューがそう言うと、


「そうでしたか、春の兆しが見えてるとはいえ確かにまだ肌寒いですねぇ。

 もし寒かったら気軽にお申し付け下さいねぇ。布団なり上着なりご用意しますので」


 と、ジェフが気遣いを見せたので、アリューは「ありがとうございます」とだけ返しておいた。

 ロダンは「麒麟児さんも寒さとか感じるんすね」などと言っていた。


 スープを一口含む。

 パンをむしって口に放り、白身魚をフォークで突き刺したら続けざまに食らいつく。

 身体の芯から温まるような感覚の奥に、氷塊のような冷たさを覚えた。


 見ないようにしていたものを言い当てられると、人は一層意識してしまう。


 震えの正体は、間違いなく『恐怖』であった。


 自分が寝ていた間、如何ほどの年月が経ったのか。

 自分が寝ていた間、どんなことがあったのか。

 自分が寝ていた間、自分はどうなってしまったのか。


 己と世界が切り離されていたというのはアリューが思っていたより恐ろしいものであった。まるでこの世界で独りになってしまったようで。


 その恐怖に飲み込まれないため、誤魔化すような勢いでアリューは食事をかき込んだ。


「春と言えば、この前依頼に行ったときにサクラの枝蜥蜴(えだとかげ)に遭ったんすよ」

「へぇー風流ですねぇ。ちなみにその個体はどうしたんですか?」


 ロダンとジェフが世間話を始め、二人の意識がアリューから逸れたのがありがたかった。


「普通ならサクッと刺して討伐(おわり)なんすけど、女連中が『花びらが血で汚れちゃうでしょ!?』なんて言いやがりましてね……

 血が背中の樹に掛からないようにめっちゃ気ぃ遣って殺しました」

「…………もしかしてそれで呪文使ったんですか?」

「あ」

「あなたの呪文は自傷前提なんですから気軽に使うなといっつも言ってるでしょうがぁ!!!

 薄々感づいてましたけどまさかほんとに使ってるとはねぇ! いい加減改めなさい!

 治すのワ・タ・シ!! 分かってるんですか!?」

「だって女連中がうるさくてぇ……」

「んなもん無視しなさいよぉ!!」


 無理っすよお……とロダンが困り顔だ。

 普段から怪我を繰り返してはこの治療院のお世話になっているのだろう、ロダンとジェフの距離感はただの患者医者というよりはもっと近しい間柄に見える。


 ジェフは説教を垂れながらガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、ロダンにジリジリと詰め寄っていく。

 オーゥ、センセー、ステイステーイ。

 ロダンが両の掌を向けて降参のポーズをしつつそう言うが、ジェフはかなり頭に来ているようで聞く耳を持たない。なんなら苛立ちを加速させているように見える。


 涙を目尻に溜めるロダンは逃れる糸口を模索すると、アリューを見て、

 

「あっ、そうだ依頼と言えば!! 麒麟児さんも昨日依頼行ったんすよね!?

 なんの依頼だったのか俺めっちゃ聞きたいなぁ!!」


 アリューの焦りすらも加速させた。


 出来れば触れてほしくない部分に触れられてしまい、アリューは人知れず冷や汗を流した。

 そんなの俺のほうが知りたい、と焦燥感が募るも、


「第四地区に面している“魔境”の定期調査、その護衛だったと、レボルさん──麒麟児さんのパーティメンバーの方からお聞きしていますよ。

 そんなことよりお説教の続きですよぉロダンくーん?」

「あーー話逸らせなかったぁ!!!」


 予想以上にジェフは憤慨していたらしく、とてもスムーズに返答してくれた。

 アリューはほうと胸を撫で下ろしつつ、レボルという名前を心に留めておく。


 現在、アリューの胸中は三割ほどを寝てから何年も経っていたことの恐怖が占めているが、残り七割は戸惑いが占めていた。

 その主な原因は『麒麟児』にこそあった。


 麒麟児。目覚めてから幾度となくその言葉を聞いた。

 そしてその言葉は基本的にアリューを指して使われていたことから、麒麟児とはアリューであると考えて相違ないだろう……

 目覚めたときのジェフの証言から、アリューを麒麟児と勘違いしているということもない。


 そうなるとやはり麒麟児=アリューという式が浮かび上がる。


 前提として、アリューは麒麟児などではない。冒険者としての活動などしていない。

 しかしジェフやロダンはアリューが冒険者であることを承知した上での発言を繰り返していたし、アリューが麒麟児であることは共通認識になっているようだった。


 アリューが寝ていた空白の期間を埋めている謎の人物、麒麟児。


 それが意味することは、一つしかなかった。

 考えたくもない。だが、否定のしようがない。



 誰かがアリューの身体を使って冒険者活動をしていたのだ。




 身の毛がよだつ思いだった。




 ──ふと、ドアベルの音が聞こえた。

 遅れて「すみませーん」と間延びした声が届く。


「お客様ですかね? ちょっと行ってきます。

 ……説教終わってないですからねロダンくん!」


 一応この治療院の院長なのであろうジェフが、来客を迎えに音の方向へと出る。その隙にどこぞへと逃げようとするロダンに釘を差しながら。


「うぅ、あれ絶対俺の飯のこと忘れてるっすよねぇ……麒麟児さん助けてくださいよぉ」

「……ファイトです」

「そんなぁ」


 ロダンに助けを求められるも、あの説教に合いの手を入れるのは少々身の危険を感じるため応援の言葉だけ掛けておいた。

 アリューは思い出したようにスプーンを手に取り、スープを一匙掬う。

 スープはもう、すっかり冷めてしまっていた。


 そんなとき、玄関のほうから「えぇーー!!」とジェフの叫び声が木霊した。


「たっ、大変ですよぉ麒麟児さん!!」


 そう言いながらジェフがアリューたちのところへと駆けてくる。慌てるジェフの手には、一枚の便箋があった。


 麒麟児とは、何者なのか。

 その霧がほんの少し晴れた。


「王命です! 王命が来てます!

 今日の内に王城に馳せ参じよとの召喚命令が来てます!」



 少なくとも普通のやつは、王城に呼ばれたりなんかしない。




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