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1 最初の朝にて

プロローグの前書きにも追記しましたが、ストックが尽きるまでは毎週の水曜と土曜に更新させていただきます!


 その少年はごくごく平凡な少年であった。

 その少年は主体性というものが希薄であった。


 そのはずであった。


 王都という環境が、あるいは別の何かがアリュー=エアソンを変えた。

 豹変のその日から三年が経とうとしていた。





 ■





 春の暖かな空気が満ち満ちた朝であった。


 朝の雰囲気はその街の雰囲気をよく映す。

 朝っぱらから市場や食事処が賑わっていれば活気ある街だということが分かり、小鳥のさえずりが聞こえるような長閑のどかな朝であれば穏やかな時を過ごせる街だと分かるだろう。

 その点で言えば王都の朝は混沌としていた。


 王国最大の人口を誇る街である王都は、それだけに様々な人間がいる。

 今日この一日を存分に楽しもうとする子どもたち、命懸けの場に赴く冒険者たち、絶対に儲けを出そうと意気込む商売人たち、街の治安維持に努める憲兵たち。

 これらが同時に存在して各々の朝を過ごしている様は他の都市では中々見れない光景だ。人酔いしやすい方のご来訪はオススメ出来かねる。

 だが、あらゆる性質の人間が入り混じるからこそ王都と呼ばれるのだ。


 国内最大の広大さ、それゆえの多面性。ないまぜにしてしまっては街として機能しなくなる危険性を孕んでいるため、王都は八つの地区に分割されている。

 上から見て王都は丸いルーレットのような形をしている。真ん中が王城や貴族の住まいを擁する第一地区で、周辺のバウムクーヘン型の地区を七つに区切り、王都としている。

 中でも此処──第四地区は『喧騒の王都』と呼ばれるほどに騒がしい。


 第四地区は強力な魔物が棲んでいる地帯に近く、王都の中で最も外部からの脅威に晒されやすい。

 そこで冒険者の出番という訳だ。

 第四地区は主に冒険者を対象にしたまちづくりがされており、冒険者ギルド・宿屋・治療院・酒場・鍛冶場・賭博場・娼館などが主な建造物である。

 王都側は危険な魔物の対処を促すことができ、冒険者側は依頼の準備や日々のストレス発散を楽に行える。加えて依頼にあぶれることも少ない。

 双方にとって好都合な街なのであった。


 しかしながら、王都を活動拠点とする冒険者は第四地区から抜け出すことを目標に据えている節がある。


 冒険者たちは基本的に血の気の多い人種なのでいつでも大体騒がしい。夜は酔っ払いの叫び声で中々寝つきづらいし、窓の外から聞こえる怒声で朝早くに起こされる。

 『喧騒の王都』と呼ばれる所以である。

 安定した生活を求める冒険者たちは、早々に金を貯めて『こんな地区出てってやる!』を実行する腹積もりなのだ。


 長々と語ったが要するに──第四地区は宿屋でも治療院でも、安眠を求めるには適さない環境であった。




「うぅ……うるせぇ……」


 アリュー=エアソンもまた、その被害を被っていた。


 昨日はイリサのいつものポンコツに付き合わされて非常に疲れていた。だから今日はとことん寝てやろうと決めていたのだが、喧騒の王都は彼にそれを許さない。

 上京前、王都に行ったことのあるという村の大人が「王都でぐっすり寝たいなら耳栓は必須だぞ」と言っていたことを思い出す。

 冗談を宣うような口調だったので自分たちを和ませる言葉だと思っていたのだが、どうやら本当だったらしい。


 尤も、彼が目を覚ました元凶は王都の喧騒そのものというよりもっと近くで上げられた大声だった。


「いっでぇーー!!!

 センセもっと丁寧にやってくれって! あでででで!!」

「はい静かにするよ〜。寝てる人もいるんだから(こら)えなさい」


 先生、というのは宿屋ではあまり聞かない言葉だ。

 それにさっきの大声は壁を隔てた感じの声ではなく、同じ部屋で出されたような声だった。宿屋は一人一部屋のハズではないのか。

 他にも違和感は多々ある。

 頭を預けている枕の柔らかさが寝る前とは違うような気もするし、何だか身体が重いような気もする。疲労感から来るものではなく質量的な意味で、身体が重い。


 寝ていても仕方はないな、とゆっくり身体を起こし、眠気で上手く開かない左目を擦る。


 開けた視界で見えた光景は、アリューの記憶している中では治療院に近いものだった。その中でも入院している人が入る部屋。ベッドが等間隔に並べられていて、ベッドの間には仕切りとしてカーテンが掛かっている。

 ご察しの通り、治療院に近いものとは言ったが、実際に治療院なのだ。

 アリューが分からなくても無理はない。アリューが過去訪れたことのある治療院は良くも悪くも地方都市レベルで、王都の治療院と地方の治療院では設備も建物の質も格が違う。一目で判別が着かないのもしょうがない。


 そんなことはどうでもいい。


 なんでだ。なんで俺は治療院にいる、とアリューは混乱した。

 まず前提だが、俺は昨日しっかりと宿屋にて就寝した。記憶する限り夢遊病は患っていなかったはずなので、夜中寝ぼけて治療院へと赴き、わざわざ治療院のベッドで二度寝したという線はない。


 では宿屋で爆発でもあったのだろうか、とアリューは考えた。

 考えうる中では最もあり得る説だ。寝ているときに爆発し、そのまま気絶したならば覚えていないのは当然だし、ギプスなどを付けられていれば身体が重いのも頷ける。

 しかし実際アリューはギプスを装着してはいないし、仮に爆発が起こっていたら治療院は怪我人でごった返しているだろう。見た限りでは、ここにはアリューを入れて数名しかいない。

 ならば爆発の線もなしだ。


 じゃあ何があったというのか。


 アリューは考えるのをやめた。というより諦めた。

 すぐそこで人の声がしたのだから、その人に聞けばいいではないか。

 “先生”とか言われていたし、きっと医者なのであろう。ならば事情を知っているかもしれない。


 声が聞こえてきた方向から、カーテンの向こうにいることは分かっていた。

 アリューはベッドの上で身体をよじり、向こうの会話が落ち着いたタイミングでカーテンに手をかけた。


「すみません、」

「あっ、麒麟児さん! 目覚められたんですね、良かったぁ!」

「……え、麒麟児? 麒麟児ってあの麒麟児!? なんで治療院なんかいるんすか!?」


 一を言ったら十のリアクションが返ってきた。

 そのことに少々尻込みしつつもアリューは言葉を続けた。


「すみません、あんまり状況が飲み込めないんですが……なんで俺は治療院にいるんですかね?」


 あくまで教えてもらう立場なのでなるべく丁寧な言葉を選んだアリューだったのだが、


「……なんか意外っすね。麒麟児さんそんな話し方するんすか」と、患者風の男が驚いた様子で言った。


 意外と言われても、知らない人に対する話し方なんてこんなもんだろうとアリューは思った。

 どうやら向こう側はアリューのことを知っているようだったが、アリューは彼を知らない。金髪を短く刈り上げた眼力の強い青年、という患者男の風貌に見覚えはない。

 村にいた頃に会ったのだろうか。


 患者男が医者に「センセ麒麟児さんと喋ったことあります?」と問うた。


「いやーないねぇ。あんまり大怪我とかなさらないみたいだったし治療院にいらっしゃったことはないよ。

 逆に君は話したことないのぉ? 冒険者やってれば一度くらい機会あるでしょ」

「さすがに立場が違いすぎますって」


 医者のほうも、まるでアリューのことを昔から知っていたような物言いをしたことで、抱いていた違和感が疑問へと変貌する。


 アリューが王都に来たのは昨日だ。

 王都の治療院になんか訪れてすらいない。

 だから医者の彼に自分を知られていることも、初対面のはずなのに『あんまり怪我しない』なんて印象を持たれていることも、全てが不可解。


 あと、もう一点。


 さっきから彼らが言っている『麒麟児』という言葉。

 文脈からしてアリューを指しているのは間違いないのだろうが、アリューにはその身体がむず痒くなるようなあだ名に心当たりがなかった。


 だが、とりあえず今は何があったのか聞きたい。

 アリューは疑念を振り払い、再び質問を投げた。


「えーと、結局俺はなぜ治療院に?」

「あっ、すみません盛り上がっちゃって。

 昨日の依頼で予定にない魔物の襲撃を受けたことは覚えていらっしゃいますよね?

 その魔物の撃退はできたらしいんですが、帰路の途中で麒麟児さんが突然倒れてしまったそうで、パーティの方が治療院(ウチ)に運んでくださりました」

「はー、なるほど」


 ──この人は何を言っているんだ?


 昨日の依頼? そんなもの存在しない。何せ俺は昨日王都に来たのだから。

 パーティ……確かに登録の際イリサとパーティを組んではいるが、依頼に出ていないのだから、どちらにせよ医者の話はまるでデタラメだ。


 だが……ほどよく脂肪を蓄えた顔にちょび髭を生やした医者はとても人が良さそうで、嘘を吐いているようには見えなかった。

 それが一層アリューの混乱を加速させる。


 いよいよ堪え切れなくなったアリューが「あんたらは何を言っているんだ」と言おうとしたところで、


 グゥゥウウウ〜〜〜………


 と、アリューの腹の虫が大きな鳴き声を上げた。


「……プッ、あはは、すみません気付けなくて。

 昨日夕飯を食べる前に倒れちゃいましたもんねぇ、お腹が減っていて当然です。

 ロダンくんの分のご飯で良ければすぐご用意しますよ」

「えっ、それ俺のじゃないすか!」

「君はほとんど快復してるでしょう!

 ブッ倒れた人優先ですよ!」


 患者男──ロダンと呼ばれた男がガックリと項垂れた横で、医者男が恐らくキッチンがあるであろう方向に駆け出した。

 アリューとしては彼に朝食を与えてやってほしいのだが、医者は『もう決めてしまったぞ』といった様子で、話を聞いてくれそうにない。

 腹が減っているのは事実なのでここはお言葉に甘えることにしたアリューは、せめて何か手伝おうとベッドから立ち上がり、妙に高い視界に違和感を覚えつつ病室の出入り口まで歩いたのだが、


「あぁ、良いですよぉ手伝わなくて!

 もうすぐ用意出来ますのでベッドで待っていてください」


 キッチンから半身を乗り出してそう言われては無理に手伝う訳にも行かず、アリューは渋々ベッドまで戻った。


 その道中、屈強な男性と目が合った。


 歳は……二十前後に思える。灰色の髪を短く切り揃え、アリューと良く似た(・・・・・・・・・)切れ長の瞳をしている。

 背丈は一七〇半ば。

 その身体はよく鍛えられていて、患者衣の隙間から細く引き締まった筋肉が顕になっている。

 腕や胸、脚には細やかな傷跡が刻まれていて、歴戦の戦士なのがよく分かった。


「は?」とアリューが零したのは、それが鏡であると気付いたからだ。


 無意識に頬に手を伸ばすと、鏡の中の男も逆の手で同様の仕草をしてみせる。

 じっと見つめているのに文句一つも言ってこない。

 それが鏡に映った自分であるということに気付くのに、あまり時間は要らなかった。


「麒麟児さんどうかしたっすか?」


 そう言いつつ、ロダンがベッドの上で身体を傾けると、鏡面のアリューの背後からロダンの顔面が覗いた。


 そんなロダンの言葉はアリューに届かない。


 この身体が他人のモノだという線はなかった。髪色も顔つきも、成人し王都に上京したときのアリューそのものであったからだ。

 しかし、身体はそのときのままではなかった。背丈も十センチ近く伸びているし、当然体重も増加していた。さっき感じていた、質量的な重さはそれが原因か。


 では、では。


 考えたくもない。

 だが、そうとしか思えない。




 ──あの日寝てから、何年経った?




「出来ましたよぉ!

 消化に良いメニューにしましたけど足りなかったら果物もご用意しま…………何をなさっているので?」


 恰幅のいい腹を揺らしながらお盆に乗せた料理を運んで来た医者が、立ち尽くしているアリューを見て怪訝そうな表情を作る。


 アリューにとって、王都にて最初の朝がやってきた。


 

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