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9 赤龍討伐戦 其の三

次回22日の更新は諸事情につきお休みさせていただきます。大変申し訳ありません。

25日ももしかしたら厳しいかもしれませんが、その場合は活動報告にてお知らせいたします。



「あの子、何して…………?」とアリューは呟いた。


 彼の視線が留まっている金髪の少女は、岩山の上から戦場をゆるゆると見下ろしている。呆気に取られたアリューを認めた少女はさもおかしそうな大げさな仕草を取り、アリューに手を振った。


 幼さの滲み出る仕草。遠目に見ても特に大きくはない背丈。さっきの声の高さ。

 あの金髪の少女が成人年齢(十五歳)を満たしているかどうかも怪しい、というのがアリューの受けた印象だ。


 そんな少女が、あんな高所にいる。

 魔物ひしめく戦場で、魔物の気を引くような行動を取っている。

 しかし何故か、アリューには「危ない」だとか警告だとか、そんな感情は湧いてこなかった。


 彼の中に巣食う生存本能とでも言ったものが心臓を跳ねさせ、ビシビシとアリューに伝えてくる。



 あの少女の圧倒的異常さ。




 ■




 少女の立つ岩山に、ビョオビョオと風が吹いていた。春と血の香りを運ぶ風が金髪をなびかせ、キラキラと太陽光を反射している。

 少女はアリューから視線を切ると、なお戦い続けている赤龍のほうに視線を当て、はしゃぐ子どもを眺めるような顔つきになった。


「夢中になるのもいいけどさぁ!」






       パンッ






 少女は大きく腕を伸ばし、頭上で柏手を打った。


 戦場には不釣り合いな乾いた音は、湖面に広がる波紋のように響き渡った。近しい場──アリューにはそこそこ鮮明な音を聞くことが出来たが、金属音に戦闘音に咆哮、戦っているレボルたちには聞こえるはずもないだろう。

 そう、聞こえるはずなどなかったのだ。



 ──赤龍が、少女のほうを向いた。



 少女と赤龍。視線が、かち合う。


 少女は三日月型に口を歪めて「キャハッ」と笑い、親指と顎でクイクイッとアリューのほうを示した。「こっちでしょ?」



「行ってこーい!!!」




 ■




 アリューが背筋にゾワリとした悪寒を味わったのと同時、赤龍が跳ねた。

 棍棒を喉に突き立て、リシュエットの鉄翼の破片を頬に刺し、穴の開いた片翼を携えながら、牙を剥いて走った。

 致命傷ではないが、けして無視できる怪我でもない。それを負わせた者たちを差し置いて、アリューに向かう。


 誰もその行動を予想できる者はいなかった──しかし、気付けた者はいた。



「遠距離班は奴の牽制!! 近距離班は進路妨害及び速やかな討伐!! 飛行班はアリューさんの逃走補助!!」



 ただ一人、直前まで場外(アリュー)に意識を向けていて、かつ赤龍の頭近くで戦っていたリシュエットのみがいち早く察知し、指示を出した。

 一瞬呆然としていた一行も、その指示を受けた瞬間意識を切り替え、正確に遂行するための行動を取る。


「アリューさん、早く逃げて!!」




 まるで山が走って来ているみたいだ、とアリューは思った。そこから、なんで俺はそんなものに追われているんだ、と思った。


「ハァッ、あぁっ、クソっ、クソっ!!」


 歩測を最大限に広げ、回転数を最大限に上げ、持ち得る全速力をもってアリューは走っていた。幾度も足がもつれそうになるのを根性で避け、空気を掻くようにして腕を回す。

 その間頭を巡っていたのは、やはり、なんで俺はこんなものに追われているんだ、という思いだった。



 いつの間にか、王都に自分の部屋を持っていた。

 それは宿屋の一室だったから、見知らぬ人と目を見合わせる可能性と常に共生しなければならないのが鬱陶しい。


 いつの間にか、自身の装備を得ていた。

 地味を徹底したような見た目はあまり性に合わないし、酷使されている武器や服からは取り切れない血生臭さが漂ってきて不快だ。


 いつの間にか、王命を受けていた。

 王の威圧感には死を錯覚したし、意識してそれを放っていたと知って憤りもした。受ける前提で場が進んでいるのもそんな雰囲気に呑まれている自分も、何もかもが面倒に思った。


 いつの間にか、麒麟児と呼ばれるようになっていた。

 英雄のガワと凡人の俺。その内外不一致が気色悪くてしょうがない。


 いつの間にか、いつの間にか、いつの間にか────。


 いつの間にか。


「づあっ、」


 アリューは転んだ。いとも易々と転んだ。こんなときに別の方向に思いを馳せているから足がもつれんだよ! と彼は自虐を巡らせる。


 アリューが地面を舐めている間も、背後からのドシンドシンとした轟音は止まず、振り返ってみれば燃えるような鱗に血で赤を上塗りした赤龍が太陽を遮っていた。

 早く立てよ! と身体に命令してみるも、返答がない。

 腕も足も、ブルブル震えていたからだ。



 見覚えのある構図で、爪が振りかざされた。



「──“凍てつく雨は貫く飛礫(つぶて)”!!!!」



 張り上げられた高い声は、ティリスのものだった。

 一拍遅れて、無数の円錐状の氷柱が赤龍の前足に突き刺さり、横に逸らす。

 その隙に、


「感謝します!!!」


 と言いながらリシュエットはアリューを掴み、空中へと攫った。

 上昇に伴う空気の奔流でアリューが目を瞑ると、背後からガシャンガシャンとうるさい音のいくつか。ようやく目を開くと、それがリシュエットの刃の翼から鳴っているものだとわかった。


「アリューさん、大丈夫ですか」と飛びながらリシュエットが言う。

「……ああ」とアリューは返事した。やっぱり、夢中で見た麒麟児の口調は彼には違和感でいっぱいだ。


 依然震えているアリューの手を見て、はぁ……とリシュエットがそこそこ大きめにため息を吐いた。


「調子が悪いのなら、先にそうと言ってください」


 え、と漏らしたアリューを余所に彼女はつづける。


外呪文(がいじゅもん)の使えないあなたは身体がそのまま武器なんですから、調子が悪いならきちんと仰ってください。いや……先日の魔物の影響ですか。考慮しておくべきでした。申し訳ありません、気付けなくて」


 一方的にまくし立てると、リシュエットは飛行速度を速めて赤龍から距離を取ろうとする。


「奴はすでに片翼を失っています。上空まで行けば奴の手は届かない、恐らく届かせようとしない。先ほども一度あなたを明確に狙ったのに、私たちが痛手を負わせたらこっちに狙いを絞った。

 要は適当なんです。殺せないような場所に行ってしまえば、きっと諦めます」


 なるほど、と思ったアリューはふと後ろ──岩山のあるほうに視線をやった。

 なんだか軋むような音がしたのだ。


「!?」


 彼の目が捉えたのは、氷柱をいくつも刺した前足を酷使して、岩山をよじ登る赤龍の姿だった。爪を岩山に突き刺し、瓦礫をいくつも溢れさせてよじ登っていた。

 背には遠距離攻撃が直撃し、周辺を蝿のごとく飛び回り、自身に傷をつける飛行者たちには目もくれず、その片眸にはアリューを捉えて離さない。


「なんで、そこまで……!」


 そう苦しげにリシュエットが呟いたが、アリューはなんとなくその理由を察していた。

 あの、目。

 今日宿屋の部屋を出るとき、窓に映っていた自分の目とそっくりだ。



 恐怖に染まり上がっている。



 だが、誰に?

 ──アリューの頭に、先の金髪の少女の姿が浮かんだ。


 赤龍はある程度の高さまで登ると、全ての足に力を入れる素振りを見せた。


「────避け、」とアリューが呟いた間際、


 赤龍がアリューたちのほうに飛び掛かった。



「────ッ!!!」


 瞬間リシュエットはアリューを手放し、赤龍が振るった爪を背の鉄翼で弾き、落下するアリューへ向かってすぐさまキャッチした。

 しかし今の攻防だけで赤龍は終わらない。

 赤龍は一度地面に落下するも、今度は穴の開いたほうの翼も使って揚力を生み出し、岩山を蹴るようにしてアリューたちに攻めかかった。


 リシュエットはさらなる上昇でそれを避け、


「早く上へ…………!!!」


 アリューを両腕に抱きかかえたリシュエットは、全エネルギーをもって空へ空へ。下のほうでドシィン!と轟音が鳴る。


 アリューがそれを見ていると、地に伏した赤龍が上を向き、再び構えた(・・・)。赤龍の口に、熱が籠り出す。


「まずい、止めろ止めろぉ!!!」


 誰ぞが叫び、赤龍に攻撃が殺到する。しかしその一切を無視して、赤龍は熱を溜め続けた。


「間に合わない…………!」


 リシュエットはそう判断すると、横方向への移動に舵を切った。

 肺を焦がすような炎熱が迫っていた。




 

 ボオォオオオオオオオオオ!!!!!!





 熱線が、掠めた。


「ゔっ、クソっ」


 リシュエットの背の鉄翼が半分溶け、彼女の、火傷でぐちゃぐちゃの背中が露わになる。アリューを庇い、リシュエットはブレスに背中を向けていたのだ。

 アリューもまたその熱波をもろに受けたが、リシュエットほどではない。


「…………逃げないと」とリシュエットは零すが、しかし。



 ドゴッ。



 岩山からの落石が彼女の背中に直撃し、リシュエットの意識が落ちる。

 翼が動きを止め、二人は地表に向けて落下し始めた。


「っ、ちょっ、おい!!! しっかり!!」


 まずい、まずいまずい!!


 気を失ってしまったリシュエットを固く抱き締めながら、アリューは下を見る。


 赤龍が、大口を開けて待ち構えていた。



 ──食われる。



 ──かの個体は一ヶ月前フェザリノと王都を結ぶ街道に現れ、その場にいた商人六名・観光客十三名・冒険者四名を食い殺し──。



 コイツは、人を食う。俺も、また。


「あぁ、」


 抱きかかえていたリシュエットを見る。俺を咄嗟に庇ってくれた人。

 下にオレンジ色の髪が見えると、そっちのほうにリシュエットを放り、アリューは強く唇を噛み締めた。


 ずっと、胸の奥にわだかまっていた、ごくシンプルな感情。



 ──死にたくない。



 刹那。

 空の青さとか、岩の硬質さだとか、そういった無駄で意味のない物事だけが視界を占めていて。

 後方から香る獣臭さや焦げ臭さが鼻を蹂躙して。

 どこからかの叫び声がうるさくて。


 視界に、金色の輝きが飛び込んできて。




 アリューは、すっぽりと赤龍の口腔に呑まれた。











































「こーんにちわっ」







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