【友情】夏の終わり
潮の匂いがほんのりと強まったのは、八月の最後の日曜日だった。
湊花町の空にはまだ入道雲が残っていたけれど、雲の輪郭はすこし柔らかく崩れはじめていて、季節が歩調を変えたのを、誰もが感じていた。
クマちゃんは港のベンチにちょこんと座り、しっぽをぶんぶんと揺らしながら、手にしたピーチソーダをストローで吸っていた。炭酸は少しぬるくなっていて、夏休みの宿題のように、取り残された時間を示しているみたいだった。
耳がじんわり赤くなっているのを隠すように、クマちゃんは両手でカップを持ち直した。
「ねえ、メイドちゃん。夏って、ほんとに終わっちゃうの?」
港の近くに立つ街灯の下で、サーモンピンク色の制服を着たメイドちゃんが微笑んだ。風が髪をかすかに揺らし、影を長く伸ばしていた。
「終わるんじゃなくて、次の季節にバトンを渡すんですよ。秋が来るから、夏がやさしく引いていくんです」
その言葉に、クマちゃんは小さな胸をふるふる震わせて考え込む。港の向こうには帰港する漁船があり、甲板で作業する人たちの声が潮騒に混じって聞こえてくる。
漁港の自販機の前には観光客の子どもたちが並び、湊花クッキーを買っては嬉しそうに袋を振っていた。
夕焼けが始まると、海に金色の道が浮かび上がった。その光を見ていると、夏の名残が胸の奥を甘く締めつける。
クマちゃんは「ふわふわの、ぎゅ」を思い出し、隣のメイドちゃんの手をぎゅっと握った。
「ぼく、この景色をずっと覚えていたいの。夏が終わっても、忘れたくない……」
メイドちゃんは微笑み、握り返した。
「忘れませんよ。だってクマちゃんの物語は、これからも続いていきますから」
港の風が少し冷たくなり、カモメの声が遠くで響いた。
季節が変わることは、寂しさと同時に、新しい章が開かれる合図でもある。
(完)