ハドソン夫人の回顧録
題材にホームズ氏を選択したあたりから、素人丸出しの好きという感情のみでこの物語は作られました。主人公はハドソン夫人で、彼女からみたホームズ氏とワトソン氏は、どんな魅力の持ちぬしなのか。ハドソン夫人は記者から持ち込まれた原稿を、50年前の思い出と共に埋めていきました。若かりし頃のハラハラドキドキの毎日、夫人はどう二人に向き合い、月日を重ねてきたのか、夫人は最終的にホームズさんをどう描くのか。
「あの頃は、無我夢中で生活していましたわ。夫が亡くなり、女ひとりで生活するには何かしらの収入が必要でした。さいわい、夫が残してくれた遺産を元に大家となり、あの方たちとであったのです。大変だったですって?そりゃあもう、ひと時も穏やかな日々はありませんでした。まるで毎日が戦争のようで・・・。」
私は数十年前のことを思い出しては若かりし日々に思いを馳せ、新聞記者の方に最後にこういいました。
「あの方たちのお世話が出来て本当に幸せでした。刺激的な毎日をもらいましたから。でないと、亡くなった夫を思い泣いて過ごす日々だったでしょう。」
「それは素晴らしい経験をされましたね。ハドソン夫人。今日、こちらに参ったのは、そのホームズさんのことなのです。ハドソン夫人、回顧録という者を出版してみませんか?」
「回顧録?それは一体・・・・」
「驚かれるのも無理はありません。この度、我英国の有名人として、ホームズさんのお話を、我が出版社が特集を組みたいと計画し、ハドソン夫人ならお二人を近くで見たいたわけですから、良い話がかけると思いお願いに来たです」
「私に?ええ、確かにホームズさんとワトソンさんは下宿人ですから、彼らの事は他の方よりかは存じておりますが、本当に私に?私はもう老人ですよ」
「それがいいのです。長い人生でいろんな見方が出来る方はそういません。なあに、締め切りは猶予をもってお願いするわけですから、いかがでしょう」
「本当に・・?私があの方たちのことを・・・・」
しばらく外を眺めて、決心がついたように
「書いてみますわ。あの時代の彼らを・・。ホームズさんとワトソンさんを」
出版社の方がお帰りになってから、私は自室に戻り紅茶を1杯飲んでから、準備された原稿用紙を机に置いた。私は今、ロンドンの老人ホームに入り、穏やかな生活を送っている。その日々の中でも時折、新聞記者が訪ねてきて、彼らの事を教えてほしいというのだ。私は人のプライバシーは本人の承諾がない限り、口にするものではないと思っているので、訪ねてきた記者には可哀そうだがあまり、口外することはなかった。しかし、ある日、ホームに私宛に手紙が届いた。外国から差出人はあの人からだった。彼は私の話はのっている新聞を読み、大いに気に言ってくれた。そして、多少のことなら、自分の事を話しても良い。と許可をくれた。私はその手紙を自室の鍵のかかる場所にしまい、今は車椅子生活となった自分の姿を窓に映しながら、私は日記を書くようにあの日々を思い出しながら最初の文を書いた。
「親愛なるシャーロックホームズさんとワトソン先生へ。」
「ハドソンさん。これを早く下げてくれませんか。依頼人が来るのですよ。」
「はいはい、お待ちくださいな。まあ、煙草の灰をカップに入れるなんて・・・。」
「申し訳ないですね、ハドソンさん。」
「いいえ、ワトソン先生のせいじゃございませんから。」
「来たぞ!ワトソン。さあ、ハドソンさんは出ててください。」
追い出されるように銀のお盆を持って部屋を出るのを同時に、階段を上がる音が聞こえてきました。
{今日の方は男性だわ。身なりのしっかりとした。でも疲れた顔をしている。よほど、心配なことがあるのでしょう。あとでお茶でも差し上げましょう。}
すれ違うようにして私は階下に降りると、ホームズさんがほとんど残された朝食を机の上にドサッと乗せると、お茶の準備を始めた。準備をしながら、さっきすれ違った男性の身なりと人相と思い出して、私なりの推理を始めた。
「歳は50代くらいで身なりは良いほう・・。清潔な服を着ていたから既婚者かそれなりの生活の出来る方、煙草の匂いがした。そうそう口ひげがあったわ。それにステッキも。後はうーん、おもいだせないわ。推理はホームズさんに任せて私は美味しいお茶を入れてあげましょう」
あきらめれると、カップとお茶のポットの準備を始めた。ポットに茶葉を入れてカップには先にお湯で温めておく。茶葉が開いたらそれをお湯を捨てたカップに注ぐ。お湯差しを持って3人分のカップとポットを持って2階へ。ドアを開けると依頼人は深刻そうに何かを話していたけど、私には地名すら浮かんでこない。目の前のテーブルに置いてもホームズさんは関心なく熱心には話し込んでいる。ワトソンさんだけが会釈をしてくれた、嬉しくて私も微笑む。(ふふふ、楽しかったわ)ホームズさんの所には多い日で3人嫌いの悩みを持たれた方がお見えだったけれど、ホームズさんの興味を引くものはなかなかないのか、その後どうなったのか分からないけれど、今回のは少し違うようで、ああいう風に前のめりで聞くホームズさんのはなかなか見るこてゃ出来ない。よっぽど面白い事件だったのでしょう。私はお茶を置いたらすぐに部屋をだからドア越しに聞こえてきた声は
「アーシャー卿、それではあなたはこの事に関してはヤードに容疑がかかる覚えがないということですね」
「そうです。ホームズさん、私には何のことか、何故私が彼女を殺したりしましょうか。愛していますのに」
「…なるほど、それでアーシャー卿、警察は何と?」
「ヤードよりも御父上は、私が彼女にいいよつたと思われたようでして、でも誤解なんです。彼女とは友人の紹介で」
「しかし令嬢の御父上はあなたが男爵で令嬢が侯爵の娘ということが身分違いで増しては令嬢は殺された」
「しかしスミス嬢は恋人ではありますが婚姻関係ではなったわけですから私が彼女を殺すことは何のめりともありません」
「・・なるほど・・」
(あらあらホームズさんが黙った。ということはないかお考えなのね。あの方には考える時に椅子に丸くなる癖がおありだから)
私はそれ以上、聞くことは失礼に当てると思い階段を下りた。キッチンで夕食の準備をするためだ。まめやインゲンの下ごしらえ、魚のムニエルとスープなどの献立を考えてながら、私なりの推理を始めた。
(あの方は今や身分違いの恋をされた。相手の令嬢は殺されて容疑がかかっている、でも結婚はしていないから令嬢を殺してもあの方に得なことはないはずよ、ああ、材料が少なすぎるわ。勿論夕食のですけど)
私は1人で瞑想しながら献立の為の考えに入った。
しばらくすると階段を下りてくる音が聞こえた。私は慌てて玄関まで上がって行った。ハットを持つ依頼人の顔を見た。
(やっぱりいい青年だわ。今は青白い顔をされているけれどきっと女性にはもてるにでしょうに)
ホームズさんとワトソンさんは踊り場で何か話している。ヤードに行くというホームズさんの声が聞こえた。
依頼人が帰った後、ホームズさんはすぐに出て行かれた。
「ハドソン夫人、夕食は外で済ませますからワトソンくんのだけお願いしますよ」
そう言うと少し暗くなったロンドンの町へ繰り出していっつた。
「ハドソン夫人、お茶を頼めますかな」
ホームズさんが帰ってきたのは翌日の昼前でした。呼び鈴が鳴り2階に行くと
「ハドソン夫人、何か軽くつまめるものを頼めます。」
「はいなにかお持ちしましょう」
私はお茶とクッキーと焼いたばかりのケーキを持って2階に上がった。
ドアを開けるとホームズさんはいつもの椅子に座り煙草を吹かせながらワトソンさんに何か話している。
「ああ、ありがとう。そこに置いといてください。ああ、それから夕食に友人をお招きしましたからお願いしますよ」
「お客様?」
「ワトソンくん、昨日の男爵の知り合いだという女性を見つけてね、ここに招待したんだ」
ドアを閉めながらホームズさんはの声が聞こえる。(昨日の依頼人の知り合い?)
ワトソンさんの驚いた声も聞こえる。
「なんだって!男爵には令嬢を殺す理由があるって?本当かい」
(なんということでしょう、男爵に令嬢を殺す理由があるなんて)
私はすかーとの裾を踏むほど驚きました。慌てて1階に降りてみると外はいつの間にか雨が降っていた。
(お客様が来る前に止めばいいけど・・・)
私はそう考えながら冷めたお茶を口に含んだ。
そのお客様は夕刻を少し過ぎたころにやってきた。呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、身なりはそれなりだが、話し方はどこかの娼婦のようだった。
「ホームズって日地がいる?あたい、呼ばれてきたんだけど」
私は笑顔を絶やさないようにして
「「いらっしゃいませ。ホームズさんは2階にいらっしゃいます。どうぞ」
「女性はドシドシと大きな音を立てながら私の後についてきた。
「さあ、ホームズさんはこの中にいらっしゃるからどうぞお入りになってください」
「メルシー・・いや、ありがとよ、おばさん」
(お、おばさんですって・・最近の若い子は・・若い?そうよね若く見えるわ、苦労したんでしょう、許すわ)
「ミス、マリー来てくださって恐縮です。こちらはワトソンくんです、どうぞ楽にしてください」
「いい部屋だねー。値の部屋とは大違いだよ」
ミス、マリーという女性はドスンと椅子に座り込んだ。その拍子に身に着けていた下着がチラリとみえた。
(まあ、はしたない)
私は一気にこの女性がこの家にいることが不愉快になった。その様子をみて感じたのかホームズさんは
「ハドソン夫人、夕食を頼みます」
「はいはい」
私はなるべく不快な顔を出さないようにして部屋から出て階段を降りかけた。すると、ワトソンさんが後から追ってきて
「ハドソン夫人、ホームズがなるべくスプーンやフォークを付けてくださいと伝言です」
「スプーンですか?なぜ、あまり料理は作っておりませんが」
「それでもいいということらしいです。お願いしましたよ」
ワトソンさんはそれだけいうと慌てて2階に上がって行った。
キッチンに戻った私は目の前に並べた料理を見て溜息をついた。今晩来るのがあの女性でなければ、この料理をお出しすることも自慢できただろう。しかし、あの味も解りそうにないのにこんな豪華な料理を出すのは、少し悔しい気がする。鴨のロースト
きのこのスープ、パン、チーズとワイン、最後に手作りのケーキとお茶。私は複雑な感情で食堂に持っていった。そして呼び鈴を鳴らした。降りてきた女の第一声は
「うおー、美味そうじゃん、良かったあたい、今晩メシにありつけないかと思ってたよ、ちょっと、あんたワイン注いどくれ」
(まあ、私の事、メイドと勘違いしてるわけ)
「ハドソン夫人、ここは良いですから」
ワトソンさんが助け舟を出してくれた。私は一応、笑顔を作って、ただドアを勢いよく閉めた。これで私の気持ちも伝わるだろう。
その後のことは分からない。聞こえてくるのはあの女性の声と嫌な笑い声、しばらく経つと階段を下りてくる音がした。私は大家のプライドとして嫌な客にさえ笑顔で送り出そうと背筋を伸ばして玄関へいった。女性はあまり趣味のよくない帽子を被りながら
「いやー、悪いね。お金までもらってさー」
「いいえ、ミス、マリー大変、ありがたい情報をいただきこちらこそ、お礼を述べます」
「そうかい・・」
「それではまた」
「もう会うことはないかと思うがね」
「いや、もう1土、貴方と私は会うことがあることがあるでしょう」
ホームズさんは謎の言葉を残し会釈をすると2階へ上がって行った。
「フン」
悪態をつくように女性はドアを勢いよく閉めると大通りを歩いていってしまった。
私とワトソンさんは目を合わせ、お互いに苦笑しながらそれぞれの場所に帰った。
この不思議な事件な結末は呆気なく終わりを告げた。ホームズさんがあの女性の正体を暴いたのだ。あの女性は実は殺害されたはずのスミス令嬢だったのだ、ある夜、スミス嬢と依頼主の男爵が夜のロンドンw歩いていた時に、たまたま殺された娼婦を見つけた。すぐヤードに届ければ良かったのだが、スミス嬢が、殺された娼婦と自分を交換して自分が殺されたことにしようと依頼主の男爵に持ちかけたのだ。自分が殺されたら、父親は自分が消えても仕方ないと考えるに違いない。そしてほとぼりが冷める頃に男爵と駆け落ちする手筈になっていたのだ。しかしそれには協力者が必要だ。令嬢はもともと好意的に男爵を見ていた母親に共犯を頼み、隠れ家やそれまでの生活などの援助してもらっていたのだ。しかし、父親が男爵を容疑者としてヤードに告発し、こまった男爵はホームズさんに詳細は告げず、自分の無罪だけを晴らしてほしいと依頼した。ホームズさんは、男爵の話が辻褄が合わないことに違和感を持ち、友人関係を調べていくうちにあの娼婦にたどり着いた。家に招待し、話をするうちに娼婦らしからぬ仕草やあの下着を見て高級なものだと気づき、最後の一手はあの食事会だったのだ。私にスプーンやフォークなどおおく準備するように依頼したのは、女性のマナーを観察するためだった。思った通り、女性は娼婦らしからぬマナーを見せ、ホームズさんに正体を見破られたのだ、後日、依頼主の男爵とここを訪れた令嬢はあの時のホームズさんの観察力に脱帽して罪を認めた。そして、ここからがハッピーエンドになる。ホームズさんがどうヤードに話をされたのか知りませんがお二人はおとがめなしで令嬢の父親は生きていた令嬢の姿を見てあっさり結婚を許したのだ、あの殺された娼婦の犯人は今だつかまっていない。もしかして切り裂きジャックだったのか?
でもこの事件に関してホームズさんは不満そうでした。なぜかって?そりゃあ、あまりにも簡単な事件でホームズさんの好きな暗号や不思議なこと、刺激的な事がなに一つなかったのですから。
私はペンを置きフーとため息をついた。昔の記憶を思い出すのに頭をフル回転させないといけないし、こんなに長時間、何かを書き続けたのは久しぶりだ。何十年前の記憶を思い出すことや、ペンも長いこと使用していないため手が疲れている。ましてや、長時間、椅子に座ることで腰も痛くなってくる。私は机を離れ、空腹を満たそうと食堂にやってきた。そこには数人の老人と世話をするスタッフがいるだけだ。私はなるべく人が居ない離れた席に座るとカップに入ったお茶を一口飲んだ。ここは私のお気に入りの場所で外が良く見える。と、いってもこの場所は郊外から離れた小高い山の上に建てられたホームである。見えるのは山のふもとでヤギや羊が草を食べているt所やなにか動物を連れた人影感がで易田。私は何か食べようと食堂にむかった。すでに数名の老人や世話をするスタッフでにぎわっている。私はお茶を持つと杖を使いながら窓際の人の少ない椅子にすわった。そこからは外の景色が見える。といっても、そこはロンドンではなく、郊外の小高い丘の上に建てられた平屋のホームだ。でも私はここが気にいっていた。
B221を閉めようとホームズさんに相談した時
「ハドソンさん、それはお気になされずに。貴方の人生ですから、貴方のお好きにされてください」
ワトソンさんの言葉がありがたかった。
「このアパートを閉めたらお二人はどうされるんですか?」
「我々は旅にでも出ます。いずれロンドンにかえってきても2人だからそれぞれ住むところには困りません。それにいろんな場所を旅したいと思いますから、ホームズは外国をあまり知りませんからな。いい機会ですよ」
「・・・そうですか。そう言っていただけると助かります」
「ホームズもワトソンさんにはお世話になったと分かっていますよ。部屋をピストルや実験でめちゃくちゃにする住人はいなかったでしょうから」」
「フフフ そうですわね。確かに今までの方は隠居された老人や学校の先生など静かな方ばかりでしたから、お二人がここに来られて随分とここは賑やかになりました。いい刺激にはなりましたが、毎日ヒヤヒヤでしたわ」
ハドソンさんは私のカップに紅茶を注ぎながらホームズを見た。
旅にでたホームズさんとワトソンさんはいろんな国を回っているらしく
時々、ワトソンさんは手紙をいろんな国から送ってくれる。先週届いた手紙にはインドでゾウをみたと、ホームズさんは模写をして自分は地の茶葉を作った飲み物を飲んだが、私のお茶には叶わない、また飲みたいと書いてくれている。嬉しいことだ、あのベーカー街での生活は刺激的で時には困ることもあったけれど、今、思い返せばすべてが懐かしい。私の記憶はいつの間にかホームズさんとの出会いに戻って行った。
忘れもしないあれは、初秋のある日、私のアパートの呼び鈴を鳴らす音がきこえた。
「はい、どちら様でしょう?」
「こちらの部屋のシェアの広告を見てきたのですが、間違いありませんか?」
「はい、上にお住まいの方がシェアされる方をお探しです。お会いになりますか?」
「まあ、こちらとしてはそれが望ましいことですな。ちなみにあなたは寡婦ですね」
「えっ?そうですが、どなたからお聞きになりまして?」
私は初対面のこのステッキを手に持った若い学生風の方を少し警戒しながら聞き返した。
「簡単な事です。主人が居ればこのクラスの家では1人くらいのメイドが居るはずです。メイドがいないのであれば、この時間、夫人はお茶の準備をしているはずだ。ご主人が出てこない、メイドでもなさそうと判断すれば、貴方は最近、御主人を亡くされ、このアパートを1人で切り盛りされている。そして家賃はそこまで高くはないがシェアを希望している男性は、アパート代を払える職種に居ないか、または見習いの状態で、ステッキをもった30代の人でしょう」
「まあ、確かにワトソンさんは医者の見習いで30歳になったばかりのはずです。シェアを希望されているのも見習いの立場で、家賃をねん出するのが困難からです。でもどうしてお判りになったのかしら」
「いいや、少し推理すればこのくらいの事たやすい。では、そのワトソンという人物に会ってみましょうか。あ、そうそう私はシャーロックホームズと言います。ホームズで結構。あ、それとここでは煙草は大丈夫でしょうね」
「はい、男性の方で煙草は珍しくありません」
「それに少々、音楽もしても構いませんか?」
「音楽?まあ、素敵な趣味ですこと、結構ですわ」
「部屋で実験的な事も私の趣味の一環なのですが」
「汚さないと約束してくださるのでしたらいいですわよ」
「それはとてもありがたい条件です、できればここに決めたいものですな」
「では2階へどうぞ」
私はこの一風変わった男性をワトソさんのお部屋に案内しました。そしてかれこれ1時間後にはシェアすることが決まったのです。後でワトソンさんに決めた理由を聞くと
「とても変わった人ではあるけれど、観察眼が素晴らしくて興味が湧いたんですよ。ハドソン夫人、彼に決めても宜しいか?」
「はい、ワトソンさんが良いのなら、私が何を言う必要がありましょうか?それでは越してこられるのは、半月後ですか?」
丁度半月後が家賃の支払い日になっているため、そこに合わせて越してこられると思ったが、ワトソンさんの答えは意外なものだった。
「いえ、明日、越してくるそうです。理由は分かりませんが、私は構いませんから」
「そうですか?では明日の夕食は2人分を準備しますね」
「ハドソン夫人、彼は偏食ではありませんが、小食なようでワインとスープがあればいいそうです」
「それだけで足りますか?何かお魚かお肉でも・・・」
「いいえ、ホームズくんは私にそういって帰りました」
「・・そうですか?では何か軽いクッキーでも」
「それはありがたい、私は甘いものが大好きです」
ワトソンさんは手をこすりながら嬉しそうな顔をされた。私はそれを見ながらクスリとわらい、キッチンへ明日の夕食の準備に取り掛かった。
翌日、ベルを鳴らしたのは、昨日のあの方だった。
「ホームズ様、お待ちしてましたわ。どうぞ」
「こんにちは、ハドソンさん、今日からお世話になります。で、今晩は鳥の焼き物ですかな。デザートは貴方お得意のチェーリパイ?」
「どうして・・どうしてわかったのですか?」
「なあに、簡単な事ですと、ちょっと観察すれば分かることです。」
「教えてください。気になって仕方ないです」
「まあ、その前に帽子とステッキを置かせてください。お茶を2階に持ってきてくださればその時にお教えしますよ」
「まあ、私ったら・・。承知しました。2階にどうぞ、ワトソンさんはご存じでしょうから、そのまま上へ」
私は赤面しながら答えた。ホームズさんを2階で案内すると慌ててキッチンで温めていたポットのお湯を捨ててそこへ新しいダージリンの茶葉を入れて、チラリとチェーリパイを横目に見ながら首をかしげながら
「どうしてわかったのかしら。焼くまえだから匂いはしないはず・・・」
お茶のセット終えると、答えが早く聞きたくて、私は階段を普段しないような音を立てて
「失礼します。お茶ですわ。あら、ワトソンさん、ホームズ様は?」
「こっちですよ、ハドソンさん」
ひょっこり出てきたホームズさんは私とワトソンさんを見て
「ほら。僕の勝ちだろう。彼女は僕が推理した答えを早く知りたくて5分くらいで来るって」
「負けたよ。こんどの食事は僕のおごりだ」
飽きれた・・・私で賭けをしてたなんて・・少しムッとした私はぶっきらぼうにお茶を机に置くと出て行こうとした。
「あれ?ハドソンさん、答えは聞かなくていいんですか?」
痛い所を突く。私はくるりと向きを変えるとあまり興味を持っていない風を装って
「で、答えは何ですの」
「ん?ああ、答えですね。あまりタネ明かしはしたく音いんですがね。まあ約束ですから・・。」
そう言うと子ホント咳払いをして
「ハドソン夫人、貴方はベルが鳴った時、夕飯の準備をしていた。そこにベルがなったものだからあわててエプロンも外さずに出てこられた、よほど慌てていたんでしょう。鳥の羽がついていましたよ。新しく入る入居の僕にとっておきのごちそうをしようとしてくれたんでしょう。」
「あっ!」
慌ててエプロンを見る、そこにはまだ羽がついていた、私はあまりの失態に赤面していると
「いえいえハドソンさん、落ち込むことはありません。僕の為に考えてしてくれたことでしょうから、嬉しい限りです。」
「それはどうも・・それでもう1つの謎は」
「あれは謎でもなんでもありませんよ。貴方がチェーリパイがお得意というのはワトソン君から聞いていましたから、最初は自分の得意料理をだすと考えたまでです」
「そう言うことですか。聞いてみれば簡単な事ですわね」
「そう、それが出来ないのが素人なんですよ。だから僕はここに探偵の事務所を作ろうと思ってましてね、許可いただけますかね」
「探偵ですか?それはどういったお仕事ですか?」
「んー。簡単に言うと困った人、依頼人が来ます、僕がそれを解決して報酬を得ます。
まあ、僕は推理に関しては趣味の域ですが、それでロンドンの治安が良くなるのであれば協力は惜しみませんよ」
今、思えばホームズさんのこの言葉はあまりにも自分を卑下したものいいだった。だってそののち、ヤードもホームズさんの力を借りに何度もこのB221を訪ねてこられたのですから・・
「ハドソン夫人・・ハドソンさん・・大丈夫ですか?」
(誰かしら?ワトソンさん?)
私は薄目を開けて前をみた。相変わらず目の前には広大な草原が広がっている。声は後ろから聞こえてくる。女性の声?
「はっ」
私は我に返り後ろを振り向いた。
「ああ、良かったー。ハドソンさん、急に泣き出すものですから驚きましたわ」
世話をしてくれるミス、スミスが心配そうに私を見ている。私は頬を拭った。涙がでている、いつの間に・・・。
「あの、スミス嬢、私はどうしていました?」
「ええ?覚えていないのですか?ワトソンさん。貴方はその椅子にすわって外を眺めていると思うと急に泣き出して、その声で私は気づいたのです。泣くといっても、声は出ていませんでしたがね」
「涙・・・」
私には身に覚えがあった。外の風景を見ながら私の心は何十年前のロンドンのあの生活に戻っていたのだ。ワトソンさんとホームズさんがいた、あのにぎやかな生活に・・・。
「大丈夫ですわ。ミス、スミス。少し昔の事が思い出されて懐かしかっただけですから」
「昔・・?あのB221のホームズ様との暮らしですか?」
このお嬢さんには私が、昔B221に居たことを話したことがある。B221は有名だったからこの若いお嬢さんでも覚えていた。もしかすると、私の記録帳の住所をみてスタッフの何人かは知っているかも・・・。知っていて黙っていてくれるのかも・・。
「ここのスタッフの方は優しい方ばかりですわね」
私は聞こえないくらいの声で言った。
「温かいお茶はいかがですか?」
「そうですね、いただきます」
「スコーンとお持ちしますわ」
そう言いながらスミス嬢は去って行った。
私はため息をつきながら再び、外の風景を眺めた。目の裏にはB221の思い出を忍ばせて・・・・。
「あら、ワトソンさん、ホームズさんはどちらに?」
夕食を運んできた私は、ホームズさんの姿が見えないことにワトソンさんに尋ねた。
机にメインの魚、スープを置きながら、ワトソンさんを見た。ワトソンさんは申し訳なさそうに
「ハドソン夫人、ホームズは今、研究で夢中になっていて夕食はスープだけでいいそうです。」
「まあ、それはいけませんわ。お身体に悪い、いいでしょう、私が呼んでまいります。」
「しかし・・・」
「ドカーン」
急な爆発に私は」驚いて床に座り込んだ。ワトソンさんは何か事情を知っているかのように
「ホームズめ」
階段を上がっていく。
「ワトソンさん」
私も後を追うように2階に上がった。
モクモク・・部屋は煙で覆われ前が全く見えない。その状況のなかでワトソンさんはドンドン進み窓にたどり着いた。
「ガチャー」
窓を開けると一目瞭然。壁紙は破れ一部壁が壊れている。どうしたらここまで壊すことが出来るのか私には不思議でならなかった。
「ホームズ!大丈夫かい?」
「やあ、ワトソンくん、実験はうまくいったよ。ととと」
ホームズさんは周りを見ながら言葉を濁した。
「申し訳ないです。ハドソンさん」
謝ったのはワトソンさんでした。本来、謝罪するはずのホームズさんは、実験の方が気になるといった様子でちらばった書類や道具を集めている。
「ふっふ」
2人のあまりにもかけ離れた行動に、私は怒りや驚きを通り越して笑いがこみあげてきた。私の笑いを見て2人とも
「アハハ」
私たちは声をだして笑い合った。そして
「ホームズさん!きちんと片付けてくださいね。さあ、その前にお茶にしましょう」
「そうだね、ホームズ。そうするといい。この事も聞きたいしね」
ぎろり・・。ワトソンさんが私の顔をみながら言葉を飲み込んだ。
「いや、いけないよ、ハドソンさんに迷惑をかけては」
「いや、ワトソンくん、有意義な実験だったね。もしかすると世界を変えてしまうほどの成果があったよ」
「よくわかった。さあ、まずはハドソンさん直々のお手製パイをいただこうではないか」
「うむ」
その晩はいつもにまして楽しい夕食でした。
「ふふふ」
昔を懐かしむように窓の外に目をやった。50年前、ホームズたちと出会い、月日を重ね、2年前にこのホームで生活するようになってからも、2人のことは忘れたことはなかった。それはホームズたちも同じようで、毎年のXマスにはカードが届く。連名とはあるが、めんどくさがりのホームズにしてみれば大した進歩だ。風が強くあり、肌寒く感じ始めた。暖かいショールを肩にかけて紅茶を飲んでから、原稿を見直した。
「さあ、明日、記者さんが取りにくる。休みましょう」
翌日、時間通りに記者さんが来られ、出来たばかりの原稿を手渡した。
「あのー、素人ですから表現力とか期待しないでくださいね」
「出来る限りハドソン夫人の言葉を残しながら進めたいです。ところで、今日は別にお話を伺いたく参りました」
「あら、私にですか?」
「そうです。雑誌の裏に作者のインタビューを載せますので、お願いできますか?」
「ここまでしたのですからどうぞ」
「ありがとうございます。では、ハドソン夫人にとってホームズ氏はどのような方でしたか?」
「そうですねー。あの方は事件になるとお食事もろくに取らず帰りも朝になることが多く、心配も連続でしたわ。・・・でも、今思えば、お二人とも、ワトソンさんは勿論、手はかかりませんが、ホームズさんもユーモアがあって、大変気持ちの良い方です」
「夫人にとってホームズ氏の存在はどうですか?」
「そうですねー。・・・私の青春だったかもしれません」
そう言ったハドソン夫人の表情は50歳も若い少女の顔をしていた。
「夫人、長い間、ありがとうございました。きっとこの雑誌がホームズ氏の元に届くようにいたします」
「ありがとうございます。では、私がホームズさんを褒めた所は全部カットでお願いしますね」
夫人は軽くウインクをしながら茶目っ気に笑った。
外に出ると夕刻近く、少し風が冷たく感じる。だが懐の温かい気持ちを肌に感じながら、私は丘を下って行った。
私の愛読書はコナン・ドイルのホームズと内田康夫先生の浅見光彦シリーズです。中でもホームズはB221が観光で有名であり、また、作中でのホームズの推理力には感心と観察眼の鋭さとで、引き込まれるミステリーです。今回、このお話を書くにあたり、想像力とハドソン夫人ならどうするか。といった夫人目線で書きました。あの記者はちゃんとホームズ氏にハドソン夫人が書いた記事を届けたのかは想像してください。