デプレッションアンデッド
挫折ばっかだ。他人と家族は変わらず俺の敵だ。
どんな人間もこの人生も俺ですら嫌いだ。こんな精神状態だってのに正気のふりをしてるのが更に気持ち悪い。いつか死ぬ、それを救いとしてひたすらに目の前の些事を去なす。
何も意味はない。何も意味はない。何も意味はない。
努力も継続も責任も、全て全てくだらない。
誰かの役に立つことに喜びは感じない。なのに誰かの役に立つことに喜びを感じているように振る舞っている。良い人間だと思い込んでる。誰よりも優れてると思ってる。自惚れで作り上げられた偶像が挫折によってどんどんと陳腐な物へ変わっていってるというのに。
僅かな褒め言葉を嬉しいと受け取れてもその度に地に落ちる感覚を味わう。
助けてと呼ぶ相手はいないし、逃げ道はもうない。
だからいつか止まってくれと願いながら今日も些事を去なす。
役に立つ人間と思われたくない。かといって迷惑な奴だと思われるのも嫌だ。
嫌われる事を怖がってる訳でなく、自分という異物が誰かによって意識されることがそもそも最悪だ。
こいつは大丈夫だと信じられる瞬間に悍しい感情が肩を震わせる。隠せ隠せと願ってもこの顔は表情を浮かべない。
本心の上にある理性の仮面がこの憤怒を許容する。
感情を堰き止める白の防波堤に黒く煮えたぎる憎悪の濁流がのしかかり、胸内を痒くさせる。
ぐちゃぐちゃにしたい。あー壊したい。
早く俺を!!
____これはとある男の壊れ切った心理だ。
最早芯はない。あらゆる感情の回路が壊れて、垂れ流し。感情の海が溢れて洪水を起こして破滅願望が日増しに増していく。彼の理性はそれを辛うじて堰き止めているが、いつ枷が壊れるかもわからない。
表情のきびに反応して声音を変える自分が悍しく、1人になって吐き気を覚える夜を過ごした。
誰かの怒りの矛先を逸らそうと関係ないことを話しだす度に喉が締まる感覚を覚えている。
最早誰かに会う事が最悪を呼び覚ますこの男だが、しかし、世の中は他人をこの男にあてがい続ける。
「…死にたい」
布団の中に埋もれて休みの一日を寝て過ごす。そして仕事と次の仕事までの僅かな休みを繰り返し、無機質な1ヶ月を超える。
平均寿命は70前後の世の中、一年経つのに12ヶ月、この男が70を迎えるまであと636ヶ月。まだまだ遠い苦行が続く。
耐えられるのだろうか?その精神状態で。
不可能である。
しかし男は決して自分で命を絶つ事はなかった。
その男のコンセプトは演じる事だ。
この男が自ら死を選びとる時は理性が壊れ、感情が爆発した時である。
正気のふりをして、誰に気取られる事もなく着々と着々とその日は近づく。
…そして男は等々
「ああぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」
夜中に慟哭を放った。当然彼と過ごす家族は心配しただろう。急に我が子の頭がおかしくなったのだ。
意味もわからず狼狽するしかない。
うつ病の最果てとはそう言うものだ。
どんなに良い環境であってもこれまで作り上げてきた自身によって追い詰められていく。
笑顔を作る。好きなものを偽る。キャラ付けをする。声音を変える。感情を偽る。良い人を演じる。
板についたそんなキャラクターが日に日に首を絞め上げて、いつか自分を殺す。
それがわかってて尚も、変えられないのだ。
人の価値観とはそういうものでだからこそぶつかり合い、だからこそ理解できない事も多い。
それはやはり変わらなかった何かが大人になってまで胸の奥に残り続けたからである。
どうしようもないというのにこの男は他人を信用しない。誰かの表情に怯え、話すことを怖がり続ける。
度が過ぎる人間不信を抱え、そしてついには痛々しい叫びを上げた。
その先は何もない。ストンと理性は砕け散り、不安定な感情の波に押し流されていく。
急に笑い急に怒り、急に泣く。抑制が効かずに不甲斐ない自分にさらに首を絞められていく。
そして自ら断頭台に立つ。
終わりはある。この人生の幕引きは死ぬ事だ。
後はもう後の祭り。後生はない。待っているのは痛みからの解放。
男は高所からの身投げを選んだ。
春月語27歳の12月の頃だった。
彼は大型クレーンを扱う職場で高所には事欠かなかった。精神科を抜け出して、職場に無事を知らせながら工事現場に赴くと骨組みの建造物の足場上より足を滑らせて、20mの自由落下。
頭部から落ち、鈍い音が現場に響いた。