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ヲタクの定義。  作者: 世良空太
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第1幕[マギアの訪れ]

[プロローグ]


「ヲタク」、という言葉は世間に浸透してきている。

一昔前まではヲタクという言葉は差別用語のようなものであった。アニメやゲーム、ライトノベルなど、2次元に幻想を抱くもの達を小馬鹿にして「ヲタク」と呼んでいた。

だがしかし、近年では

「私ヲタクなんだよねー」

「普通に中身ヲタクだからw」

などという明らかに見た目と中身両方陽キャな連中が自身をヲタクと呼称するようになった。

ヲタクが増えるのはとてもいい事だ。仲間が増えるということは非常にありがたい。だが、自分のアイデンティティの形成のために自身をヲタクと名乗る、いわゆる「ファッションヲタク」が増えるのはとても許せない。

何故だ?ヲタクというものが凡人より異質な存在であるから名乗りたくなるのであろうか?前までは貶していた存在を何故名乗るのであろうか?俺は理解できない。

御宅みたく、出発するぞ。」

同僚の尾客おきゃくが呼びかける。同士でもこいつのことはやっぱり気に食わない。これに関しては完全に私情だが。

「…了解。」

ため息混じりの返事を尾客に返す。

左手につけたバングルを触りながら、目的地へ走り始めた。


[第1話]


スマホがバイブレーションの音と共に音楽を流す。めざましに好きな音楽をかけるとその音楽が嫌いになると言われるが、朝イチに好きな音楽でもかけないとやってられないし、単純にその音楽に対する愛が足りないんじゃないか?

シングルベッドの上で身体を起こし、眠い目を擦る。

すると、扉をノックする音が聞こえた。

「兄さん、朝ご飯できたよー。」

妹の未来みくだ。毎日俺の朝食と夕食を作ってくれている。基本的に家事は未来がしてくれるが、必要最低限の会話しかしない。決して仲が悪いわけではないが、仲が良いわけでもない。母さんの死から、兄妹の溝が深まっていった気がする。

リビング…というには狭いが、朝食が置かれたテーブルの席に座る。ベーコンエッグにトーストとコーヒー、とても一般的な朝食だが美味しい。すると俺の後ろを未来が通る。既に制服を着て、リュックサックを背負っていた。

「私もう出るから、兄さん出る時鍵かけといてね。」

「…おう。」

気怠げな返事を返した後、ドアが閉まる音が聴こえた。

目の前のリモコンを取り、テレビを点けた。

『上空に稲光が散る謎の現象が…』

朝のニュースの時間だ。別に見ようと思わないが、何も音がないというのも寂しいので、朝はテレビを点けることがよくある。

そうこうしている内に朝食を食べ終えた。食器を洗って片付け、支度をした。

リュックサックを背負って家を出る。毎日寝癖が酷いが、直してる暇もないし、身だしなみを気にする相手もいない。

学校に近づくにつれて登校する生徒の数が多くなっていく。

「マジで推しが目の前に現れないかなー!」

「それなー!アニヲタの夢だよね!」

明らかに見た目陽キャのファッションヲタクが会話している。全く、2次元の推しが目の前に来たところで碌なことはない。いくら愛を伝えたところでルックスが上の奴に取られるだけだ。だから俺は敢えて次元が違うアニメやゲームの世界を選んだんだ。2次元のキャラクターを推すということは、我々の世界と推しの世界を隔てる壁を通して愛を伝えることが重要なのであって、そのキャラクターが我々の世界に来たところで我々が幸せになるとは限らない。そんなことも分からないとは、やはりファッションだな。

教室のドアを開け、騒がしい室内を潜り抜けて自分の席に座った。窓側の後ろの席、陰の世界の住人にとってこの席が1

番安心する。

すると教室のドアを開け、先生が入って来た。

「朝のホームルームを始めるぞー。でもその前に…尾客、お前今日日直なのに日誌取りに来なかったろ?」

「あ、マジ?ごめんゆっきー先生!」

「ったく、その呼び方もやめろ。」

この見るからに陽キャな男は尾客陽太おきゃくようた、ちゃんと見た目に沿った陽キャでありこのクラスの1軍だ。俺のような陰の世界で生きる者とは正反対の存在。クラスの連中はこいつのことを慕っているが、俺は好きじゃない。単純に陽キャが嫌いだし、なによりイケメンだからな。

「マジやばーい!」

「尾客おもろすぎだろw」

出ましたよ、俺の嫌いな陽キャノリが。大して面白くもない現象を大人数で笑い合う、全く知性を感じられないこのノリが大嫌いだ。

伝わりもしない威嚇の念を込めて奴らの方を睨みつけたが、驚くものが目に飛び込んできた。

尾客の筆箱にかの有名なアイドルアニメ『エンジェルライブ』の限定アクキーらしきものが付いている。エンジェルライブはこの俺も好きなアイドルアニメの1つであるし、その限定アクキーはこの俺も持っている。だが、余程のヲタクでもない限り入手することができないあのアクキーを、あんな陽キャが持っているわけがない。そう言い聞かせて1時限目の準備を始めた。


最後の授業の終わりをチャイムが告げた瞬間、支度をして速攻で教室を出た。何を隠そう、今日は俺の好きなラノベ「異世界の出前勇者がウザすぎる」略して「異出前」の新巻の発売日だからだ。毎回好きな漫画やラノベが発売する時は、放課後に行きつけのメイトに買いにいくのである。

自動ドアを通り、目当てのラノベが売られている本棚へ向かう。俺レベルになれば、好きなコーナーに行ける自動ドアからの最短ルートを全て把握している。着いた。新巻を本棚から取り出し、少し表紙を眺めてからレジへ向かおうとした。その時、隣に驚くべき人物がいた。尾客だ。クラスの1軍でアニメと無縁そうな人物が隣の本棚にいたのだ。確か隣の本棚はアイドルアニメのコーナーだったはず…もし今朝の出来事が事実なのであれば納得がいく。だが、俺とほぼ同タイムで放課後にメイトへ行き着くとは…認めたくはないが、こいつもやはり同士なのか…?てか、めっちゃこっち見てくるじゃん。こっち見んな。いくら同士でも陽キャは陽キャ、いつ話しかけられてもおかしくはない。声かけられる前に去ろう。いや、あいつと関わったことはないし、あいつも俺の事を認知してるとは限らない。杞憂かもしれないな。だが、プライベートでクラスメートと同じ空間にいるのは嫌だ。早歩きでレジに向かい、会計を済まして逃げるように出て行った。

この時間なら多分未来も帰っているだろうと思い、家に着きすぐドアを開けた。しかし、帰るなり未来はしかめっ面で玄関に向かって来た。

「兄さん、今朝鍵閉めてって言ったのに閉めずに出て行ったでしょ?」

やらかした。完全に忘れていた。

「あー…すまん、忘れてた。」

「…次からは気を付けてね。」

謝罪が軽かったのが悪かったのか、未来は不機嫌なままキッチンへ戻って行った。昔から几帳面な奴だから、こういうことにはとてもうるさい。最も、俺がきちんと戸締りしていれば良かった話だったのだが。

扉の鍵を閉め、そそくさと自分の部屋へ入る。リュックサックを下ろし、ベッドに寝転がった。袋に入った小説を取り出し、小説の世界に入り込んだ。

小1時間ほど経って、未来がドアをノックした。

「兄さん、夜ご飯出来たよ。」

しおりを挟んだ後、小説をベッドの上に置き、食卓へと向かった。気付けば、まだ制服を着たままだった。

テーブルにはハンバーグとサラダ、白米が置かれていた。ハンバーグは嫌いじゃない。いや寧ろ好きだ。

「いただきまーす。」

「…いただきます。」

俺はボソッと呟いてから箸を進めた。お互い無言で携帯をいじりながらご飯を食べていく。気まずさなんてものはない。寧ろ母さんが死んでからこれが当たり前になっている。朧げな記憶だが、母さんがいた時は2人ともぺちゃくちゃ喋りながらご飯を食べていた気がする。

「…ごちそうさま。」

大体先に食べ終えるのは俺だ。まあ、小説を読んでる途中だから早く食べ終えたかった、ということもあるが。俺は食器を片して部屋に戻り、再び小説に没頭した。


[第2話]


ふと目が覚めたので、ベッドから起き上がった。今日は金曜日だからとても気が楽だ。金曜日の朝の時点で楽園の香りがし始める。しかし、携帯の時間を見た瞬間、楽園の香りは消え去った。8時15分。朝のホームルームの15分前だった。ダッシュすれば間に合う…と信じたい。何せ寝坊などしたことなかったから計算のしようがないのだ。速攻で制服に着替え、リュックサックを持ったままダッシュで登校した。昨日未来に戸締りしろと叱られたばかりだが、この際やむを得ない。遅刻してクラス中の注目を浴びるよりかは、妹に怒られた方がよっぽどマシだ。

8時28分。遅刻ギリギリで教室に駆け込んだ。ダッシュすれば10分弱で学校に到着する。これから覚えておこう。

…どこからか視線を感じる。遅刻はしてないんだから別に見る必要なんかないだろう。視線の方向に目をやると、尾客がこっちを見ていた。慌てて目を逸らしたが、視界の端っこから、近付いてくる尾客を観測してしまった。おいおい来んな来んな来んな…

「朝のホームルームを始めるぞー。」

俺の願いが通じたのか、先生が教室に入って来た。流石の尾客でも自分の席に戻らざるを得なかった。全く、一体何が楽しくて俺に接近してくるんだ?とにかく、極力アイツに近付くのは辞めておこう。コミュ障の俺にとって陽キャとの接触は大変危険なのだ。

昼食、学食を食べるために食堂に赴いた。いつ尾客とエンカウントするか分からないから、なるべくバレにくい位置で食べるとしよう。と思っていたのも束の間、見覚えのある顔がこちらに向かってくるではないか。万事休すか…と思っていたが、奴の取り巻きが奴を足止めした挙句、離れた席に座ってくれた。そうだ。そんな陽キャ連中の前でクラスのお荷物である俺に話しかけるなんて無理な話のはずだ。この間に速攻で食事を済ました。教室へ帰ろうと思ったが、奴が教室に帰って来たら俺に話しかけるに違いない。そうなれば、俺が行くべき場所はただ1つ。

そう、トイレだ。トイレは陰の世界の住人にとって安寧と休息をもたらしてくれる。取り敢えず、5時限目が始まるギリギリまでここで芋るとしよう。この時、便器と親友になった気分だった。


ふと目が覚めた。寝てしまっていたのだろうか。目の前にはピンク色のタイルがある…ん?タイル?…まさか、あの後トイレで寝落ちしてしまっていたのか!?いくら安寧と休息をもたらしてくれる場所といえ、授業すっぽかして寝落ちするのはまずい…いや、まだ授業が始まっているとは限らない。その線に賭けて、ポケットから携帯を取り出し時刻を確認した。終わった。16時10分、がっつり放課後に突入していた。しかし、誰も呼びに来なかったのか?いくら関わりが少ないからって、いないことに気付かれずに授業進められると流石に傷つくぞ。仕方がないから、教室に戻って支度して早く帰ろう。教室に誰もいないことを祈る。

案の定誰もいなかった。何より、尾客がいないことに安堵した。授業すっぽかしたのは痛いが、奴とのエンカウントから逃れることができたのは上出来だ。

玄関を出て、校門へ向かった。…校門に見覚えのある人物が立っている。いや、間違いない、尾客だ。あの野郎、律儀に待ってやがったのか?そろそろ潮時か…いや、ここまでしつこく俺を待つなんてこと普通あるか?ここまで来ればストーカーだ。え、もしかしてあいつあっち側の世界の人間なのか…?うーん…流石に自分の尻を差し出す訳にはいかない。仕方ない、裏口から帰ることにしよう。

と考えていたのも束の間、

「おい、御宅みたく。」

奴が来てしまった。詰んだ。え、俺掘られるの?まだ童貞なのに、初めての相手が男なの?俺は本能的に

「や、優しくしてぇ…」

と口走ってしまった。

「…は?何言ってんだよ。」

当然の反応だ。俺自身もなんでこんなことを言ってしまったのだろうか…

「あ、ご、ごめん…」

「俺はお前に重要な話があるってのに、お前なんで逃げるんだよ。挙げ句の果てに授業バックれやがって。」

「ご、ごめん…」

確かに、話そうと思っている相手に逃げられ続けるのは大きなストレスだろう。そう考えると、酷い事をしてしまった。そこは反省するべきなのかもしれない。でも、流石に尻はやらん。

「…でも、俺流石に男は守備範囲外で…」

そう言い掛けた瞬間、

『ゴゴゴゴゴゴ…!!!』

空が割れ始めた。自分でも何が起きたのか分からない。だが、そう表現するしかなかった。空に大きなヒビが入り、銅色の光が漏れている。ヒビはだんだんと大きくなり、ついには光が放出された。その光の中から大量の異形の物体が出現し、こちら側の世界に侵入してきた。

ただ叫ぶ者もいれば、逃げる者もいた。俺はパニックになり、声が出せなくなってしまった。しかし、目の前の尾客は冷静だった。

「チッ…もうか…!」

そんなことをボヤいていたが、俺にはそんな余裕はない。尾客をお構いなしに俺は自宅へ逃げ帰った。自宅が安全な場所か?今はこの際どうでも良い。今はただ、この現場から逃れればどうだって良かった。俺の名前を呼び掛ける尾客の声を無視して、自宅へ突っ走った。

自宅へ着いた瞬間、悲鳴が聞こえた。俺は最悪のシチュエーションを想像してしまった。その想像通りではないことを祈ってドアを開けたが、案の定勘が当たっていた。

制服の未来が尻もちをついて、そのまま後退りをしていた。

未来の前には、空のヒビから現れたであろう人型の異形が、今にも未来に襲いかからんとしていた。そいつは死神の様な見た目に、ノイズがかかっていた。放送を休止しているチャンネルの画面の様な、自主規制をかけた番組の様なカラフルなノイズが、忌々しい骸骨の顔と爛れた白色のローブを覆っていた。

「未来ッ!!」

俺は生涯で1番の大声を出した。その声に気付いた未来は今にも枯れそうな声で

「兄…さん…助けて…!」

俺に助けを求めていた。

「やめろォォォォォ!」

叫びながら異形に向かっていったのも束の間、異形の持っていた杖が光り出し、未来を包み込んだ。次の瞬間、玄関には俺と異形の2人しかいなかった。俺は何が起きたのか分からなかった。ただ、目の前で何が起きたかを脳が処理するのを待つしかなかった。

「…は…?」

俺は立つ気力すら失い、その場に倒れ込んだ。異形が俺に近付いてくる。次は俺に狙いを定めたのだろう。だが、逃げる気にすらならなかった。再び異形の杖が光った。と思いきや、杖の光は点滅し、やがて光を失った。異形は明らかに動揺していた。次の瞬間、俺の背中を何者かが飛び越し、棒状の物で異形を切り裂いた。その人物は、尾客だった。

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