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8) 落雷


 午前中は雲一つ無い青空に恵まれたリスタル村は、高地特有の刺すような眩しい太陽光に照らされ、北にそびえるリスタル山の山頂から村を通じて見下ろす里の盆地まで、鮮やかな緑に包まれている。農民たちは日の出から朝食までの涼しい時間に作業を済ませており、今はただ湿気の無い爽やかな風が辺りを駆け抜け、穏やかな時間が流れているだけ。ただ、初夏の太陽が天頂から西に傾き始めると、いささか様子が変わって来る。山の天気は変わりやすいと言うが、その言葉通り天候が怪しくなって来たのだ。リスタル山の背後から雲がむくむくと膨れ上がり、やがてそれは巨大な入道雲となって空一面を占領したのである。――それもまた、初夏の高地にとっては不思議ではない光景である。

 やがて巨大な積乱雲は無数の光の柱を辺りに撒き散らしながら地上に大粒の雨を降らせるのだが、轟音と共に放たれる稲光はまさに大自然のスペクタクルそのもの。早々と屋内に閉じ籠ってしまった村人たちの目に留まらないのはいささか残念でもあるが、それが高地民にとってのごく普通の日常。悠久の時を重ねて来た季節の一場面なのである。


 ただ、今日だけは村の様子がおかしい。山の斜面の緩やかな窪地に対して、三十ほどの家屋が肩を寄せ合うように集まるこのリスタル村が騒然となっていたのだ。

 ――ラルフが雷に打たれた!――

 大粒の雨に打たれながら、木こりのデルク爺さんはそう叫びながら血相を変えて村長宅に飛び込んで来たのである。

 いつも爺さんが村に戻って来る時は、荷馬車の荷台には薪になりそうな木が山の様に積まれているのだが、慌てた村長が外に出ると、馬車の荷台には気を失ったままの少年がぐったりとして横たわっているではないか。


「デルクよ、一体何があった?」

「こんな事滅多に無いけど、森に雷が落ちたんだ。でっかい木に雷が落ちて、近くにいたラルフが巻き込まれちまった」


 デルク爺さんと村長二人で少年を荷台から下ろし、そして村長宅へと運び込む。この村には医者などいないし、ましてや回復術を行使出来る神官や魔法使いなどいないのだ。ケガ人や病人が出たらとりあえずは寝かせて安静にさせるしか方法が無いのだ。

 とりあえずベッドに寝かせてずぶ濡れになった衣服を脱がす。老いた村長夫人がタオルで体を拭いてやり、毛布をかけてやるが、相変わらず意識は無い。


「せっかく手伝ってくれてたのに。さっきまで心臓が止まってたんだ」

「……今は動いてる。いずれ回復するとは思うのだが、雷の直撃なら身体のどこかが痛んでるはずだ。デルクよ、不幸中の幸いかも知れんの」


 そう。落雷の被害の深刻度は、電流の量と身体を通過した時間に比例する。落雷で体を通過する電流の量が少なければ、派手な人体破壊は起きずに心臓麻痺などの筋肉障害に収まるが、電流の量が大きくそして電流が身体を流れる時間が長いと、『ジュール熱』と言う膨大な熱量が発生して酷い火傷などの人体破壊が起きる……身体自体が電気トースターに変わるのだ。

 ジュール熱なんて言う専門的な知識など持たなくとも、このラルフと呼ばれた少年の身体に傷一つ付いていない事、そして今現在彼の心臓がドクドクと元気に鼓動を続ける事は分かる。……デルク爺さんと村長はとりあえずはひと安堵と言ったところなのだが、それでもこれで「めでたしめでたし」とも言ってもいられない。彼の心臓が止まっていた時間は確かにあり、それが起因して障害が残る可能性があるからだ。


「ラルフレインの家族は……」


 そう口にした村長をピシャリと遮るように、村長夫人が割って入る。


「あなた、ラルフに家族はいないですよ。去年テレジアは病気で亡くなったでしょ」


 ああそうかと言いながら、自分の額を手の平でペシペシと叩く村長。ラルフレインの父親は彼が産まれて間もなく、オーガ戦争に徴兵されて戦死。母親のテレジアは昨年に流行り病で病死。つまりはラルフレインが天涯孤独の身だと気づいたのだ。


「ワシの家で面倒を見てやりたいが、いかんせんワシも老いてしまっての」

「デルクもそうか、ウチも二人老いてしまって身体に無理が効かん」

「お父さん、いくらラルフが暴れん坊の粗忽(そこつ)者でも、根は良い子よ。看病しない訳にはいかないわ」


 ――そうだな、ラルフだって僻地(へきち)の村に住む、数少ない若者の一人だ――


 こうして、村長は里にあるニーハルーツ村に早馬を出して、この界隈で唯一医療に秀でている薬師を呼ぶ決意をしたのである。



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