47) 暴論エルフ
ビエックシュン!ハッキシュン! と、くしゃみの音が羊雲の並ぶ秋空に響く。水浴びと言う名の禊を済ませたラルフレインたちは、服が半乾きのままリスタル神社へと向かっている。焚き火の火力は思うほど強く無く、濡れた服を乾かすよりも前に秋風で身体を冷やしてしまい、「こんな事ならお参りを先に終わらせて家の暖炉で暖まろう!」と心折れた面々総意の元で、神社建立の祈念を済まそうと足を進めていたのだ。
「ねえねえラルフ」
「うん?どうした」
「リィリもラルフのお家に住みたい!」
「ええっ、俺の家に?」
「そうよラルフの家に。だって宿舎面白くないしラルフと一緒に生活するの楽しそう!」
村の中心から緩やかな坂道を登っていると神社の鳥居が見えて来た。まだ色付けしていないものの、皮を剥いだ丸太が真新しくて清々しい。自分たちが作り上げたと言う満足感に満たされていた中で、リィリが急に核心を突いて周囲を驚かせたのだ。
「リィリ、それはダメじゃろ。派遣された調査員は村の公会堂で寝泊まりする決まりのはずじゃ」
「そうそう、ラルフレインの兄さんの生活に過度な干渉はしないってのは、四か国での取り決めだぜ」
「むきい!私もう調査員じゃないもん!ラルフのマブダチだもん!」
ドワーフの国、エトホーフト商業連合
魔族の国、ブラウエルス帝国
獣人の国、統一ハウトカンプ族
エルフの国、ホーデリーフ皇導国
この四国は境界連絡会議の際に協定を締結した。『ファウセレ王国 オルストレーム自治領 リスタル村調査についての共通認識』と言うのがそれで、リスタル村に派遣された調査員が自国の文化を持ち込んだり、過度な贈答品を村人に送って歓心を得る事を禁じた協定だ。その中にもちろん、ラルフレインに対する過剰な干渉も禁じられており、必ず四か国から派遣された調査員が他者への隠し事無く、横並びで情報共有する事が求められている――つまり、一人勝ちを許さない協定だ
そしてそれら四か国の望む村の調査とは別に、自国の王から密命を受けていたヨセフィーナは、急過ぎるリィリの主張に慌てている。本来ならば自分こそがラルフレインに急接近すべきだと考えていたのだが、予想外にもリィリに先を越されてしまい、自分の取るべき手段に混乱をきたし始めたのである。
「仲が良いのは好きにせいと言いたいが、調査員じゃないと申すなら、そもそもこの国にいられなくなるぞ」
「タルボさんの言う通りだぜ。この人間の国は亜人の移住を認めてないから、そもそもいられなくなる」
「ぐぬぬ……じゃ、じゃあ!ラルフと家族になれば良いじゃん、夫婦なら良いでしょ!」
「ちょっ、勢いで夫婦とか言うなよリィリ」
耳まで真っ赤にしながら困惑するラルフレインだが、ここでやっとヨセフィーナのスイッチが入る。このままでは勢い任せのリィリに押し切られてしまうと踏んだのか、とにかく話を切らないとと、後先考えずに無理矢理割り込んだのだ。
「リィリ、いきなり夫婦になるなんてお子様の考え方よ!男と女が出会ったら、時間を掛けて互いを知り、将来の伴侶に相応しいかしっかり判断するもの。汝のやり方はラルフレインの立場をまるで考えてないじゃない!」
――相手の立場を考慮していない―― ヨセフィーナの指摘は思いの外リィリにダメージを与えた。リィリの主張は確かに自分勝手であり、それは本人も理解している。あくまでも主張の根源には公会堂での宿舎生活が退屈だと言う点にあり、その後の議論が飛躍した結果として夫婦と言うアイデアに行き着いただけなのだ。つまりヨセフィーナは効果的な有効打を放った事になる。……だが相手はリィリ・ビッセリンク、ラルフレインをして「アホっ子」と言わしめた無茶苦茶理論の使い手。さすがのヨセフィーナも、苦し紛れのリィリが次に繰り出した反論に唖然としてしまう。いや、その場にいた全ての者が唖然としてしまったのだ。
「わ、わ、私が奥さんになりたいって言ったら、ラルフは喜ぶに決まってるじゃない!見て良し、食べて良し、性格良しの美しいエルフ、それも初物なんて、ラルフがよだれ垂らして喜ぶに決まってるぅ!」
(いやいや、お前さんは子供じゃし)
(どう見ても尻の青いガキ)
(俺をロリって認識してるの……か?)
(何だろう?ちょっと可哀想)
辺りに静けさが漂い、砂利を踏む足音だけが鼓膜を揺らす。誰も何もリィリに指摘が出来ず、また本人も「あれ?私なんか変な事言った?」と青ざめながらキョロキョロ顔色を伺う。とても気まずい空気が流れていたのだが、それもやがて終焉を告げる。――ラルフレイン一行は鳥居の前にたどり着いたのだ。




