46) 拠(よ)り所
「うう、寒い!さぶいい!」
「風が冷たくて……これはさすがに辛いのう!」
「リィリ、タルボ、無理しなくて良いから!一旦焚き火にあたれって」
リスタル村郊外を流れる沢の河川敷に今、ラルフレインたちはいる。紅葉深まる鮮やかな落葉樹に囲まれながら、河川敷で焚き火をしつつ、何と水浴びをしているのだ。「ラルフレインたち」とは彼を含めて五名の事、ドワーフのタルボ、エルフのリィリ、獣人のヨセフィーナに、魔族の『船長』ことレオニートの神社建設チームが勢揃いして、着衣のまま水浴びをしては秋風に身体を震わせながら、焚き火で冷えた身体を温めていたのである。
元々、この世界のこの時代に入浴と言う概念は無い。川で水浴びしたり井戸の水を頭からかぶったりで、汚れた身体や髪を洗い流す程度の文化しか無く、家庭においても沸かした湯にタオルを浸して身体を拭く程度である。ラルフレインたちも本来ならば湯を沸かして身体を拭きたかったのだが、人数も人数である事から大量に湯を沸かす事も叶わず、やむなく川での水浴びとなったのである。
【完成した神社に、泥だらけのままで足を踏み入れる訳にもいかないだろ】
ラルフレインのこの一言がきっかけで、泥だらけの服と汗でベタベタな身体を洗うべく、寒風吹き荒ぶこの時期の水浴びとなった。……つまり、リスタル神社は無事に完成したのだ。
リィリが涙ながらに語った過去、そして彼女の過去を基に閃いたアイデアで、大きな柱状節理に石柱は河川敷上流から神社建設予定地へと見事に運ばれた。冬の精霊を呼び出したリィリは、苦心しながら氷の道を作り続けて、半日も経たない内に石柱運搬用のスロープが完成した。抵抗の少なくなった地面ならばロープで石柱を引っ張る作業も容易く、タルボや船長の協力も得ながら、何と一日で石柱は神社の『本殿』としてそびえる事となったのである。
本殿が完成すれば、後に残された作業は鳥居の建立のみ。タルボたちが導入した長さの単位「ラルフレイン法」をもって二本の長い丸太を寸分違わぬサイズに切り出して、丸太二本に渡す二本の板をはめ込む作業へと移る。木炭をすり潰して水を混ぜて墨汁を作成し、その墨汁に水糸を浸してその糸を丸太に当てて「ピン!」と指で弾く、、、これが材木に切り込みを入れる際に、大工が墨でマーキングする「墨入れ」だ。この墨入れのマーキング通りに丸太の上部をカットして鳥居の天井の板をはめ込み、二段目は丸太をくり抜いて板を通し、見事に左右対称な鳥居が完成。後は水糸で測地しながら設置点の地面を掘り、ロープをかけて全員で鳥居を引っ張り上げる。……村が収穫を終える前に、村が収穫祭を行える様にと願うラルフレインであったが、一人では到底成し得なかったはずのリスタル神社建立が、収穫前に完成したのである。
そして今、彼らは河川敷で水浴びをしていた。汚いままで手を合わせてもなぁと、ラルフレインがふと思い立った水浴びではあるのだが、実はこの行為には深い意味が隠されていた。この水浴びと言う行為こそ、宗教儀式における『沐浴』にあたるのだ。沐浴とはすなわち、神仏に接する前に水で身体を洗い流し自分を清める事を言う。日本の神道で言うところの「禊」だ。
ラルフレイン本人もこれが禊であるとは全く気付いていない、むしろ「風呂に入りたくなって来た。風呂場作ってみようか」と、明後日の方向に思案を巡らせているのだが、実は神社建立からこの禊への流れの先には大きな変化が待っている。それこそこの神社建立は、ラルフレイン・ベイル覚醒への道筋であったのだ。
――ラルフレインと仲間たちは今日これから、それを知る事となる――
「あわわわわ、寒い!私もう無理よ、無理無理」
「ワハハハ!若いのに情け無いのう。ラルフレインを見てみい、あ奴は丁寧に服を脱いで洗濯までしとる」
「我れは猫科が入ってるから寒いの苦手なの!そりゃあ汝はヒゲモジャだから暖かいかも知れないけど!」
「馬鹿言うな、ワシだって寒いのは……ハックション!」
「あははは、タルボ鼻水だるーんってなってる!」
くしゃみをしたタルボを焚き火越しに指差しながら、リィリがケラケラと笑う。だがそんなリィリの姿を見たタルボとヨセフィーナは、何故か言葉を返す事も発する事無く、ただただ可哀想な目で見詰めている――冬の精霊使いのクセに、唇真っ青になりながらまるで小動物のようにプルプル震えてる、と
「あっちの焚き火周りは賑やかだねえ、兄さんは寒くないのかい?」
もう焚き火から一歩も離れないぞと居座るタルボたちを眺めながら、ラルフレインと船長はまだ川に入り、上半身裸で服を洗濯していた。
「あはは、寒いよ、寒いに決まってる。だけど何か神社に行くならと思えば……ね」
「ふうん、そう言うもんかねえ。魔族は実力主義社会で頂点に立つ者が帝として称えられるだけ。だから儀式と言われてもピンと来ないわ」
「儀式なんてそう堅苦しいもんじゃないよ。そうだね、生活の一部みたいなもんで、惰性で生きる事が無いようにするメリハリみたいなもんさ」
「ほう。つまり生活の一部って事は、この先村人もこれをやる事に?」
「いやいや!今回の俺たちだけで充分だよ、あれは宗教施設じゃなくて、村のシンボルにしたいだけなんだ」
村のシンボルとは何ぞや?と、首を傾げる船長に向かい、ラルフレインはリスタル神社の存在意義について語り出す。
――長い冬が終わり春が訪れれば、種まきを神社で祝い、夏を乗り切って収穫が終われば豊穣を神社で祝う。それだけじゃない、隣の墓地に眠る故人を神社で偲び、子供たちは神社で遊び、幼な子を背負った母は神社に子の成長を祈る。俺たち農奴はただ作物を育てて刈り取るだけの生き物だが、惰性でただただ一年を終わらせちゃいけないんだ。春を、夏を、秋を、冬を楽しむ、、、そう言う資格がある。そのメリハリのための神社なのさ――
「びっ、びぇっ、ビエックシュン!」
「おいおい兄さん、あんたが風邪ひいたら始まんないぜ」
「そ、そうだね。これくらいで切り上げて身体を乾かそう。船長は大丈夫なのか?」
「うん?俺か?俺はほら……寒い国から来たから意外と平気だし」
寒さを気にしない体質の中に、この船長の本質が隠されている……ニヤリと笑う船長だが、それに気付かなかったラルフレインは早々に片付けを始め、俺もう限界だからと焚き火に向かって駆け始めてしまった。
「不思議な少年だな。農奴のガキと言うよりも、既に村長の風格、いやあの風格は王の若かりし時代と言ったところ……か」
自分の秘密もほどほどに、ラルフレインの背中を見詰める『船長』レオニート・バルバショフ。ラルフレインを見詰めるその瞳には、好意的な色が浮かんでいた。




