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45) この瞬間と未来のため


 あちこちにゴロゴロと転がる肉親や一族の惨たらしい遺体。そしてその周りには備蓄していた食糧を貪るように食べる難民たち。……食糧の大半を難民たちに分け与えた後、何とかこれで一冬は越せると残したギリギリの食糧を口にしながら難民たちは口々に長耳族を罵っている「やはりアイツら隠してやがった」と


 呆然と立ち尽くすリィリ。まるで餓鬼のように貪り尽くす難民たちを前に、憤怒する事すら忘れたかのようにただ立ち尽くしている――彼らのために尽力した父は、家族は、そして自分は、こう言う結果を望んでいたのだろうかと自問自答している様にも見える


 餓鬼道に堕ちたかのような難民たちに絶望を覚えたのか、リィリは激情の対極に位置するかのような、酷く冷静な表情を冷たい視線を向けたまま。

 瞳孔が開いたままぐるぐると回る目、立っているのがやっとの程の無力感、肌が空気に触れている事すら忘れそうな虚無感……この中でリィリは一つの決断を下した。【こんな世界いらない】とポツリと一言溢して、そして目をカッと見開いたのだ。


「もともと耳長族は精霊や妖精との相性が良くて」と、親身になって話を聞いてくれるヨセフィーナとラルフレインにこう説明し始めるリィリ。精霊の中でも特に、水の精霊と風の精霊と相性の良かった彼女は、この目の前に広がる地獄絵図に向かい、水と風の精霊が暴れ回る様に指示を出したのだそうだ。


「土砂降りの雨を降らし、暴風で何もかもなぎ払おうと思って精霊に命令したの。そしたら……冬が来たの。辺りに大粒の雪が降り始めて、全てをどんどん凍らせていったの」

「水分を風で飛ばすと気温が下がるってやつかな。確か気化熱、理科だか物理だかで習った覚えがある」

「つまり(なれ)は、精霊の最上位に位置すると言われる四季精霊を呼び出したと?」

「……良くわかんない。でもそれからは冬の精霊しか応えてくれなくなって」


 とうとう我慢の限界を超えたのか、リィリはポロポロと大粒の涙を溢し始めた。――冬の精霊が発現した集落は、暴風雪と極寒であっという間に銀世界へと変わり、大森林でその場所だけが春の来ない場所になってしまった事。そして難民たちは寒さに耐え切れずにバタバタと倒れて氷塊と化した事。自分の家族すら埋葬してやれない事など全てが、彼女の後悔の波となって溢れたのだ。


「あの難民の人たちだって……ホントは良い人ばかりだった!子供もお年寄りもいっぱいいた!」

「落ち着けリィリ、落ち着くんだ」

「ラルフレインの言う通りだ。偶発的に精霊を召喚したならば事故じゃないのか?己を責め過ぎるな」

「事故じゃない、ヨセフィーナ、事故じゃないよ!だって私、あの時世界を呪ったの!こんな世界いらないって!」


 腰を痛めてラルフレインに背負われたヨセフィーナ、そのラルフレインの隣で自分の過去を打ち明けたリィリ。ヨセフィーナを養生させるために彼女の宿舎である村の集会所に向かう最中であったのだが、とうとう足を止めてしまう。ラルフレインの背中にピッタリしがみついたヨセフィーナが滑稽に見えてしまうが、それでも三人は真剣だ。


「でもな、リィリ。俺ちょっと安心したよ」


 涙を流すどころか、盛大に嗚咽も漏らし始めたリィリ。まさに号泣の状態であるのだが、ラルフレインは彼女の背中に手を回してさすってやりながら、穏やかな口調でそう切り出した。


「リィリが自分の過去の話を始めてから今の今まで、父さん母さんや家族が殺されて憎い!悔しい!アイツら死んで当然だった!って一言も言ってないだろ?むしろ難民だった人々を死なせてしまった事を後悔してる。不謹慎かも知れないけど、俺にはそれがちょっと嬉しい。か、勘違いしないでくれよ!ホッとしてるんだ」


 ……この世界は前世の『令和日本』とは全く違う。知的生命体が人間種だけでなく、さまざまな生物が知的生命体として群雄割拠する世界であり、令和日本の世界よりも遥かに、その命の価値は安い。確かに令和の時代も世界では様々な紛争や人権が軽視されている局面はあるが、『死』については敏感である。だがこの世界では常に死と隣り合わせの戦乱が続いており、逆に『死』について鈍感になっているのではとラルフレインは考えていたのだ。つまりは復讐の連鎖を愚かだと考えない世界、やられる前にやる世界、復讐の連鎖を断ち切るために敵を皆殺しにする世界だと判断していたのだ。


「だからね、だから一族の(かたき)だと言って憤怒に溺れなかったリィリに安心した。難民皆殺しで自業自得だと言わなかったリィリに安心したんだ。その……リィリは優しい子なんだって」

「ううっ……うううっ……ラルフぅぅ……!」

「いつかさ、亡くなった方たち全てを埋葬してやりたいな。まだ皆んな凍ったままなんだろ?」


 その言葉にハッとしたリィリは、俯いていた顔を上げてウンウンとうなづく。その顔は涙でベショベショに濡れており、感極まって泣き続けたからか鼻水まで垂れている。女の子が台無しじゃない、と、ラルフレインの背中から手を伸ばしたヨセフィーナが、ハンカチで顔を拭き始めた。


「そのどぎは……おねがい!ラルフもいっじょにぎで!」

「ああ、分かったよ。いつか必ず行こう」


 こうなれば、後は時が解決する。

 胸につかえていた思いを綺麗さっぱり吐き出したリィリも落ち着きを取り戻し、三人は当初の目的だったヨセフィーナを無事に集会所へ送り届けた。後はリィリが薬草を採取して痛み止めを作るだけ……。さて作業を再開しようとした時に、ラルフレインの大きな大きな声が響く。


「あああ!……で、結局岩を動かす方法って何なんだよ!」


 ヨセフィーナとリィリは身体に電気が走ったかのように驚いたのだが、忘れていた当の本人が恥ずかしそうに口を開く。


「氷……張って滑らすの。私あの時、氷で足を滑らして頭打ったから……」


 ホーデリーフ皇導国の暗部に席を置き"殺戮の凍姫”と呼ばれた少女。四大元素精霊のうち水と風を合成昇華させた上位精霊、『四季精霊』の一柱である冬の精霊を支配したリィリ・ビッセリンク。この日を境に、何でも殺せば良いと言う刹那的な感情が薄れて行く事となる。

 ――いつか、いつか故郷で凍ったままの者たちに、安らかな眠りを――

 変わらぬ過去に(うつむ)くのをやめて、今この瞬間と未来のために前を向き始めたのだ。



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