44) 最後の耳長族
――こんな皆殺しの技でラルフの手伝いするなんて――
今にも泣き出しそうなくしゃくしゃの顔でうつむくリィリ。何かしら思い詰めた状態なのは、ラルフレインに自分の心情を吐露しようとか止めようかと悩んでいるようにも見える。
「リィリ、君のそんな顔を見るのは初めてだ。許せる範囲で良いから、話してくれないか?」
とりあえず、ヨセフィーナを宿舎で横にさせないと、と、彼女を背負ったラルフレインとリィリは歩き出した。
「……ラルフ。エルフ族ってね、色んな色んな種族がいるの」
足取りはラルフレインに合わせるものの、その口どりは重く表情も硬い。
――エルフ族って一まとめにそう呼ばれるけど、耳長族や尖り耳族、そして白肌族にノームや妖精族など、精霊の加護を得た精霊族の種類は多岐に渡る。それらを総じてエルフ族と呼び、そのエルフ族が立ち上げた国が『ホーデリーフ皇導国』……つまり全種族が協力して『皇』である王家を盛り立てようとする国が出来たの。だけどね、気位の高い種族がいればいるだけ、譲れない闘いが血の嵐となって吹き荒れるのよ――
リィリの属する耳長族は、エルフ族の中でも古い歴史を持つ種族であった。元々精霊族は長寿の種族であり、頻繁に子孫繁栄を繰り返す事は無い事から、伝統あるリィリの耳長族も総勢で三十名に届くか届かないかの数であった。
耳長族はリスタル山を南西に望む大森林の一角に古くから集落を構えており、森の恩恵にあずかりながら穏やかに時を刻んでいたのだが、十三年ほど前に勃発したオーガ戦争の余波を受ける事となる。大陸中を戦場へと変えたその恐怖の時代、戦火に焼かれた他のエルフ族が続々とリィリたちが住む森に逃げて来たのである。
いくら果ての見えない大森林と言っても、エルフ族数十種族が、数百人数千人と膨れ上がれば、必ず軋轢は起こる。元々農耕民族ではなく狩猟民族であるエルフは、絶対量の限られた木の実やキノコ、そして草食動物を奪い合い、種族ごと集落ごとに一触即発の危険な空気が漂い始めたのだ。
「私は族長の娘で、将来は族長になる立場だった。だからお父さんと一緒に避難民たちの集落を回っては説得し、争いが起きないように尽力した」
赤ん坊のような柔らかな髪と、天使の笑顔を持ち、その天真爛漫な性格で周りの者をも笑顔にさせるエルフの少女が、家族や周囲の者たちから愛されない訳が無い。『姫』と呼ばれて可愛いがられたリィリだが、やがて彼女も族長の父親に付き従い、その責務を果たし出した。
備蓄した食糧を避難民たちに分け与え、夜露に濡れる者たちには家を貸し、集落を横切る小川の魚を取る事を許し、自分たちの狩猟を控えて弓矢を貸し与えた。これ以上ない程の献身をもって避難民たちを支えたのである。だが、支え続けていたはずなのに、あらぬ流言飛語が瞬く間に森に広がった。
(耳長族は密かに食糧を溜め込んでいる)
(この森は耳長族の森だ、避難民は早く出て行けと言ってるらしい)
(避難民がどこで野垂れ死のうが知った事ではないって、耳長族が話してた)
避難民に優しいのは表面上だけで、耳長族の本心は違う。耳長族は避難民を嫌っており、今にも森から追い出そうと画策している。……こう言う噂が瞬く間に広まったのである。
では何故、その様な下卑た噂が広まったのかと言えば、リィリの父で族長のエトヴィン・ビッセリンクが、心当たりがあると彼女に語っていた。この大森林より東にある丘陵地帯、そこに集落を構えている短耳族の男たちが、何故だか避難民の前に姿を現したり去ったりを頻繁に繰り返し、何やら話を重ねていたのを目撃したと言うのだ。短耳族と言えば、長年に渡って耳長族を敵視して来た種族。種族間会議の席でも執拗に耳長族をこき下ろしたり挑発したりと、露骨に悪意をぶつけ続けて来た種族である。――彼らの狙いは大森林の占有だったのだが、何代にも渡り皇族に信頼され続ける耳長族を、直接的に追い出すような行為が出来なかったのである。
「リィリ、私の代わりに皇都ケラーセンに行ってくれ。女王アレイダ様に謁見して、この森の現状を話すんだ。この森はもう悪意に満ちていて、軍隊が入って管理して貰わねば衝突が起きる。我々だけではそれを止められぬ」
父親の命で皇都に旅立ったリィリであったが、結果として家族や親族との旅立ちの別れが、今生の別れとなる。頑張れよと言って送り出してくれた一族の笑顔が最後の笑顔で、彼女が次に見る一族の顔は、皆が皆苦悶に満ちた死に顔であったからだ。
息せき切らしながら皇都ケラーセンに辿り着いたリィリであったが、不運にも女王アレイダの謁見を許される事は無かった。女王は女王でダークエルフ族の武装蜂起を鎮圧するため、ホーデリーフ皇導国の南部山岳地帯に女王親征を行っていたのだ。つまりは入れ違いで不発。南部に向かうために馬を手に入れる手間、そして皇都から南部に向かうために費やされる日数を考え、リィリは大森林に一度戻る事を決心した。大森林を中継地点としてリスタル山方面に向かい、旧知の白肌族に助けを求めようと考えたのである。
[だが、遅かった]
もちろん、リィリ・ビッセリンクの判断が遅かったのではない。リィリが皇都に向かったその日に避難民たちの暴動が起こり、耳長族の集落は襲われて掠奪され、一族は暴徒によって皆殺しにされていた。彼女が集落に戻った時出迎えたのは、四肢をもがれたり首を吊るされたり、執拗に全身を切り刻まれたりと、一族の変わり果てた姿であったのだ。




