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43) 凍姫 リィリ・ビッセリンク


「ねえ見て見て!これなら石を積む手間も省けるし、見た目も良いんじゃないの?」


 喜び勇むリィリに案内されたのは沢の上流側。村の近辺よりいささか急峻(きゅうしゅん)な地形で、沢の流れも勢いを残している。下流に流れて堆積したような小粒な玉砂利だけでなく、まだ角ばった巨石が荒々しく転がっているのだ。リィリはこれらが使えるのではと提案したのだ。


「特に特に!これ見てラルフ!何かこの石、人の形してるみたいでカッコいいよ!」


 リィリが指差したのは、人の背丈を越えるほどの高さを持つ柱状の巨石。このリスタル山も遥か昔に火山噴火を起こした事があると、ラルフレインは亡き母に聞いた事がある。マグマの巨大な熱量を持ったまま、急速に冷やされた火成岩は、その収縮に耐えられず「ハラリハラリ」と、規則性のある裂け目を生じさせて割れて行く。それが即ち『柱状節理』と呼ばれる火成岩で、この沢に(いにしえ)の火山噴火の名残りが柱状節理として残っていても不思議ではないのだ。


「いや……リィリ、これ良いよ。これは良い!下手に細かい石を積み上げるより、ドーンと一個あるだけで風格が違う!」

「えへへ、そうでしょそうでしょ」

「石碑と言うより、もう形からして石像だよな!下手に手を加えなくても、これだけで充分ありがたみがあるよ!」

「で、ヨセフィーナはいつまでおんぶされてるの?」

「い、いや、まだ痛むから彼の申し出に甘えている(色んな意味で)。ところで薬草は?」

「あ……ゴメン」


 ラルフレインとリィリ、そしてヨセフィーナと、三者三様の笑い声が辺りに響く。


「……で、これどうやって運ぶ?」


 ひとしきり笑った後、ラルフレインのこの何気無い疑問に、リィリとヨセフィーナはピタリと動きを止める。そう、そこまで考えが及んでいなかったのだ。


「えっ?」

「えっ?」


「いやいや、どうするんだよそれで。リィリに考えがあるから提案したんじゃないのか?」

「え?いやそのこれは……ニヘヘヘヘ」

「笑って誤魔化しやがった。俺だって最初は石碑にしようと思ったんだけど、運べないから諦めたんだよ」


 ――結局振り出しに戻っただけかと、がっくりと肩を落としてうなだれるラルフレイン。だが今回は諦められないのか苦悶の表情で悩み続ける。この巨石がゴロゴロと散らばるこの場所も、自分の庭のような場所であり、長年当たり前のように足を運んでは水浴びなどしていた。この柱状節理の岩も見覚えがあり、今までは風景の一ピースとして当たり前のように見て来た。だが不思議と石碑や雪像として利用したいと考えると、この柱状節理の岩が神社の御神体として一番適している気がしてならず、他では替えの効かない唯一の物だと思えてしょうがないのだ。


「タルボ、タルボは怪力だって自慢してたよな。……いやダメだ、タルボが怪力でも地盤が弱過ぎる」

 

 前世の頃の記憶、アニメや特撮モノで、敵の放った衝撃波や巨大な岩を全身で受け止めて耐えるヒーローを描写する映像を思い出す。まともにぶつかったら死ぬぞと言う巨大な質量を「うりゃあああ!」と気合一杯に受け止めてピンチを脱する映像だ。物語の演出的には別にどうこう言う代物(しろもの)でもないし、素直に凄いなあと感心すれば良い。今回のこの問題だって、ヒーローみたいにタルボが軽々と担ぎ上げて、本殿設置箇所に据えてくれればそれに越したものは無い。――だがそれが夢物語だと理解しているのだ。

 巨大な質量体が猛スピードで主人公に迫って来る、自分は歯を食いしばり渾身の力でそれを受け止めてストップさせる。……ここまでは良い、主人公は頑丈な身体を持っていて何とか危機は脱したで丸く収まる。だが巨大質量体を手で受け止めたとして、身体は頑丈だから無事だととしても、その身体を受け止めていた地面はどうなるのだと言う話だ。衝撃は全部地面に流れるし、地面はヒーローほど頑丈ではないのだ。


「ここから村の墓地近辺まで、約三百ラルフレ……ゲホンゲホン!自分の名前が使われてるのは恥ずかしくていけないな。とりあえず、あそこまで岩を運ぶとして、タルボに全てを任せる訳にはいかないよな」

「ラルフレイン、あの岩に綱を絡めて、みんなで引っ張ると言うのはどうだろう?」

「考えとしてはヨセフィーナの案が最善策だと思うけど、ここの地盤がね……軟弱地盤だから」


 岩に縄を結んで人力で引っ張っても、軟弱地盤で土に岩が沈んでしまい、その抵抗で思うようには進まない。さりとて丸太を進行方向に敷き詰めるには、丸太の選定から始めないといけない。やはりこの岩は無理かと、自身の中に膨らんだ「希望」を押し潰して諦めようとした時、ラルフレインはリィリの晴れない表情に気付く。何やら思い詰めたようなその表情は、彼女の内心で葛藤が湧き上がっているようにも見える。


「どうしたリィリ?何か気になる事でもあるのか?」

「えっとね、ラルフ、方法なら……あるよ」

「方法って、あの岩を動かす方法がか?」

「うん、ある。だけどね、ラルフが喜んでくれるかどうか……ちょっと不安」

「いやいや、あの岩が御神体になってくれるなら、これほど嬉しい事はないけど」


 ……嬉しい事はないけど、その方法について、リィリは心に秘めた想いがあるんだな……


「方法はあるけど、その方法に良い思い出が無い。そう言う事かい?リィリ」

「……うん。私ね、その方法でたくさんの仲間を殺して来たの」


 このリィリの言葉とその後の告白に、ラルフレインは激しい衝撃を受けつつ、自分の置かれた環境を再認識する事となる。――嗚呼、自分が今いる世界は憲法も刑法も無い、とても命の軽い世界なのだと



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