41) ラルフレイン法 後編
リスタル村の集落の中心に、大きな建物がある。大きいと言っても城や元老院議員の官舎などの豪華さにはほど遠い、さびれた民宿程度の建築物である。ただ、田舎の豪商や豪農が作ったようなそれの部屋数は多く、普段は村人の集会所として利用され、自治領主のオーストレム伯爵が村を訪問した際の宿泊所として今まで使われて来た『公共財産』であり、今は村を訪れた異邦人の宿泊所として門戸を開いていた。
ラルフレインが進めるリスタル村神社建築工事、その前段階にあたる土地の造成工事もようやく終了したその日の夜。いよいよ明日から神を祀る本殿建設に着手するのだと、泥だらけになりながらも瞳を蘭々と輝かせるラルフレインに話題は集中する。――一体何者たちがラルフレインの話題に集中しているのかと問われればもちろん、この村を訪れた人間以外の者たち。ラルフレインの手伝いをせざるを得なくなった亜人たちである。
本日の作業も無事に終わり、宿泊所のダイニングルームは夕飯を求めて亜人たちが集っている。村の者が有料で朝食と夕食を作る契約となっており、それ以外の要求は全てオプションとしてドワーフの商人タルボが取り仕切っている。今日の夕飯はトマトを煮込んだ野菜の塩スープとパン、質素なのは否めないが、農奴階級にとってはご馳走の部類である。
ドワーフのタルボは食事もそこそこに、自分で用意した果実種を胃に流し込んで上機嫌
エルフのリィリは"お前は普段、一体何食ってんだ?”と問いかけたくなるほどに、美味い美味いを連発しながらスープをかき込んでいる
獣人のヨセフィーナは美味いとも不味いとも言葉や態度には表さず、あああ肉が食べたいと小声で呟き続ける
魔族の『船長』ことレオニートは、肉食欲を隠さないヨセフィーナに理解を示しながら、俺は腹一杯に魚が食いたいよとポツリと漏らした
「ねえねえタルボ、その紐一体何なの?ラルフとずっと話してたけど」
口の周りにパン屑を付けながら、リィリがスプーンで指し示す。それはタルボが晩酌をしつつ手に取って眺めていた長い紐。およそ一メートルはあろうかと推察される、綿生地で組まれた細い紐だ。
「おおん?これか?これはのう、ラルフレインが決めた【原器】じゃよ」
「むむむ?げんきって……何?」
「原器とはの、物の長さの全ての基本となる物。この原器の長さが単位となるのじゃ」
「タルボが何言ってるか、さっぱり分かんないよう!」
このタルボとリィリの会話、ラルフレインが何を考えてそれを決めたのかが琴線に触れたのか、ヨセフィーナと船長も身を乗り出して会話に食い付いた。
「タルボさんよ、俺たちがこの村に来て早々に、あの兄ちゃんは自分の秘密を全部明かしただろ。それもそう言う事なのか?」
「彼の輪廻転生において、前世は高度に文明が発達した世界で生活していたとか。その原器とやらも高度文明の一端なのか?」
これに対して、タルボは「そこまで仰々しいもんじゃないわい」と豪快に笑いながら答える。既にドワーフの国では物の長さを示す「単位」と言うものは存在しており、それを元に建築は行われている。ただ、ラルフレインの言い出した長さを測る【単位】の概念がまるでドワーフの概念と違っている事に驚いたのだとタルボは言う。
「ドワーフの単位は、全て二倍か二分の一なんじゃ」
――ドワーフの世界、エトホーフト商業連合が統べる商人の国では、原器と言うものは存在せず、全てマエストロがいちいち長さを決定する秘伝の技。マエストロが持つ秘密の尺度計は紐の長さを基本として、紐の長さを二倍にするか二分の一にするかで測って行く。例えば長い距離は、基本の紐一本に対して、同じ長さの紐何本を繋げれば良いのかで決まり、また短く小さな物は、紐の両端を持って中を折れば二分の一の距離が測れると言った具合にな。つまりは偶数と端数の組み合わせなのだ。
「だがこのラルフレインから渡された紐、これが一マイトルなんだそうじゃが、これが難解。一マイトルと言う単位は、百のセンチが集まって成立して、そのセンチと言う単位もミリと言う単位が十集まって成立すると言ったのじゃ」
シンとなって静まり返る室内
「おい、エルフのガキ。目ぇまん丸にして何を呆けておる!」
「いや、分かんないよ。マエストロあたりから言ってる意味が全然分からない!」
「ちょ、お嬢ちゃんはそこから思考停止してたのかよ」
「タルボよ、私は正直言って理解不能だが。ラルフレインが難解な単位を持ち出した事で、汝は何を思案して悩んでいる?私はそっちが気になる」
タルボが思案に暮れていた内容とはこうだ。一マイトルを二分の一にすれば、五十センチ。二分の一のキリの良いところで数字は落ち着く。だがそれをまた二分の一にすると二十五センチで端数が紛れ込み、十センチ単位で物が測れなくなる。
「ドワーフ社会のように二分の一、二分の一、二分の一で細分化して行く事が出来ないのじゃ。一マイトルの半分五十センチはつまり十センチが五個。割り切れる偶数じゃないのじゃよ」
――これに何の意味があるんだ―― タルボがどのような迷路にはまっているのか、この時点で船長は理解が出来た。星の位置、正座の位置で自分の居場所を導き出す船乗りとしては、なかなかに数字に強いのかも知れない。ヨセフィーナは数字に縁が無かったのか、言葉と単語に着いて行くので精一杯だが、やがて時間が解決しそうなほどに飲み込みは早い。一番最初に質問をぶつけたリィリは、言わずもがなキョトンとしたまま反応が無い。
「……あれだな。あの兄ちゃんの背中の紋章、そして龍脈との関係性を調べれば終わりかと思ってたが、どうやら違うらしい。未知の知識と言う秘密もたくさんあるって事か、なあタルボさんよ」
「外なる秘密、内なる秘密と……秘密ならお主だって抱えておるじゃろが」
――ドワーフはラルフレインの知識すら貪欲に得ようとしている
――この魔族の船長は一人じゃない。村にも内側にも仲間を抱えて【機】を狙ってる
タルボと船長は口元にニヤリと笑みをこぼしながら、挑戦的な瞳で互いを視点に収める。それを垣間見たヨセフィーナが背筋に寒いものを感じた瞬間ではあるのだが、その緊張した空気をいとも簡単にぶち壊した者がいる。それまで電池が切れていたかのように硬直していたリィリが、突如両手を高々と上げながら叫んだのだ。
「じゅっ!十本指だあああ!」
そう叫んだリィリは、まくし立てるように言葉を続ける。
「指を一つ一つ折って数えられるから合計十なんじゃないの?それならリィリだってお茶の子さいさいで数えられるよ!」
(あれ?この子アホっぽくて話にならなかったけど、意外とそれが……本質?) タルボも船長もヨセフィーナも、目を白黒させながらリィリを見詰める。
「メイトラとサンチとかマリとか何とか良く分からないから!簡単な名前付ければ良くない!」
(単語が何一つ合ってない)
「チビラル十個で一ラルフ!ラルフ百個で一ラルフレイン!オッケーい!」
……こうして、本人不在で本人承諾の無いまま、オーストレム自治領を含む人間世界において、共通の尺度『ラルフレイン法』が誕生したのである。




