40) ラルフレイン法 前編
一分一秒を正確に刻む「時計」と言う機械装置が無い時代、人々は太陽に時間の概念を頼っていた。東の空に朝日が昇ればそれが一日の始まりで、西の果てに太陽が降りていけばそれが一日の終わり。おおよそ夜行性の種族でない限りは、人々は太陽と共に生活していたのである。もちろん、太陽が姿を消して夜の闇が広がったからとて、全ての者が布団に潜り込んだ訳ではない。暖炉や囲炉裏の火明かりや蝋燭や油を使った行燈などの弱々しい灯りで、細々とした営みも行われては来たが、絶対的な光量の乏しい夜のとばりでは、やはり人々は早々に寝るしかなかったのである。
リスタル村に住む農奴の少年、ラルフレイン・ベイルもやはり差し込む朝日に眼を開け、一日中目一杯働いた後は、日没と共に目を閉じる生活を送っていたのだが、ここ最近の様子はちょっと違う。それまでは日没後に消えていた暖炉の灯りが、闇夜に薄々と漏れている。つまり彼は疲れた身体をベッドに沈める事無く、何かしらの手作業に没頭していたのである。
――木こりのデルク爺さんから、製材された木の板を貰う。その板を縦に切り、細くて四角い棒を作る。その棒を九本用意し、出来る限り、、、左中指の先から左肘までの長さで、目視だが出来る限り同じ長さに揃える。揃えたら、デルク爺さんから借りたヤスリを使い、木の棒三本を一セットとして『正三角形』の模型を製作する。つまり、正三角形の模型三個の完成である。
次の段階では、出来上がった三つの模型を横に並べて台形を作る。この場合は三角形、逆三角形、三角形と、組み合わせるように並べるので、両側の三角形の底辺のど真ん中に、逆三角形の頂点が当たる状況になる。つまりラルフレインの最終目標……彼が狙っている『九十度の直角』を導き出す中心点が生まれたのだ。
さらに一本の紐を用意し、今度は『上底』となっている逆三角形の辺に紐をピッタリと合わせてサイズを取る。その紐をピンと張ったまま一度だけ折りたためば、折った場所が紐の中心点。つまり逆三角形を真ん中に置いた台形の上底の中心点が判明したのだ。
最後に、台形の底辺(下底)の中心点と、木炭でチェックを入れた上底の中心点に紐を当てる。ここに、ここに九十度の直角が誕生したのである。
「何か俺、発想力が乏しいのかな。数学とか図形とか苦手だったけど、そうも言ってられないし」
図面を引くための紙など無い。鉛筆やペンなども無い。長さを表すための単位も、あるのか無いのか分からない。そもそもが農奴に対する教育すら無い世界で、ラルフレインは自分の家の壁やテーブルに木炭で「落書き」を繰り返し、やっとここまで辿り着いたのである。――全ては本格的な村おこしの第一弾、神社建設のため――
三角形で作った水準器と、九十度の直角を表すために木切れで作ったT字の道具は、作業中に手を止めて悩む回数を劇的に減らした。工事の基礎となる測量がおぼつかなくて、基準となる杭を「えいっ!」と勢いで打ち、そこに水糸をくくりつけて引っ張り、引っ張った先に打った杭と基準杭の水平値を調整するところで頓挫していた神社の造成工事も、直角を使う事で敷地予定地が正方形に整えられ、山の斜面の傾斜地に水平に水糸が張られ、持っていたイメージが現実になろうとしていたのだ。
『斜面の山側の土を削り、谷側の斜面にそれを盛り付ける』それが全て、打った杭と張られた水糸で管理されたならば、後はもうひたすら力仕事で突き進むのみ。力自慢のドワーフに、動きにキレのある獣耳、アホっぽいエルフに、蒼白い謎のアニキと、都合の良い事に手伝ってくれる者も増えた。――秋祭りだ、収穫祭だ、ただ漠然と日々を生きる農奴に年中行事と言う「折り目・節目」が誕生する!
亜人たちが合流してから数日、いよいよ造成工事の完了が目前となり、ラルフレインの計画は次の段階へと移行する。それはもちろん、神社『本殿』の建設と、神社が神社として存在するための見た目のデザイン、外構工事である。
本殿建設にあたっては、技術的な問題だけでなく物資に関しても高望みは出来ないので、電話ボックスぐらいの高さに石を積み上げて、中の空洞にそれっぽい石を置こうかと考えている。……我ながらしょっぱいとは感じているものの、完成イコール決定ではなく、後でテコ入れ出来るからと自分を慰めている状況だ。だからこそ、せめて外構工事だけはカッコをつけたいとも思っている。それは即ち、神社本殿に向かう石畳を綺麗且つ整然と敷き詰めて、神秘性を演出しようとしていたのだ。
――それともう一つ、神社の神秘性の演出を行うにあたり、欠かせない物がある――
「トリイ?何じゃそりゃあ」
「さすがのタルボも知らないか。鳥居って言うのは玄関だ」
「玄関?お主は祠に玄関がいると考えてるのか?」
「違う違う、玄関ってのは概念的な話だよ。鳥居ってのは大きな門でね、そこが現世と神聖な場所の境界線なんだよ」
「ふうむ、鳥居なんてものは聞いた事無いぞい。信心深い土地へ行っても、神殿の外に気を使う物は見た事が無い」
「ああっ!ラルフとタルボがサボってる!」
「リィリ、悪い悪い、みんなで休憩にしよう」
カゴに入れてあった野菜を取り出し、中身を皆に分けてやる。塩で揉んだ野菜つまり『漬け物』なのだが、さすがに茶の栽培まではしておらず、水筒の水でそれらを胃に流し込むだけ。ただ皆が皆汗だくとなって作業していたので、辛めの塩分補給はなかなかに好評だ。
ただ、この休憩時間中にラルフレインは物思いに耽ってしまう事となる。直前にタルボと会話していた内容が気になってしまい、その事が頭から離れなくなってしまったのだ。
(鳥居を建設するとしてだ、どれだけの長さの丸太を用意しなきゃならないんだ?そもそも長さの単位が無いから、人にも頼めないし、イメージでも伝えられない……)




