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4) 再就職


 猪山(いのやま)建設株式会社、それが博貴の再就職先であり、第二の人生の舞台である。

 スキルも経歴も無い派遣社員として、誰を頼るでもなく都会の片隅で半年間足掻き続けたのだが、「掴めそうで掴めない、常に目の前にある目標」が、天高く遥か上空に昇ってしまった事を理解してそれを諦め、そして彼は負の感情全てを都会に置いたまま実家に戻った。怨みのパワーいわゆるリベンジの力、その情念は人にすさまじい力を与えるのだが、博貴はそれをいともあっさりと捨て、晴れ晴れとした顔で故郷の土を踏んだのである。

 怒りや悲しみを乗り越える自信が無かったのか、それとも自分自身が怒りや憎しみに染まるのを嫌ったのかは分からない。ただ結果として、過去に捕われずこれからの人生に希望を持とうとした姿勢は出来上がった。その博貴に手を差し伸べたのが猪山建設の社長で名前は猪山(いのやま)喜朗(よしろう)、博貴の父親の旧友だ。


「土建業は専門的な知識が必要な分野だが、私は博貴君をスペシャリストにしたいんじゃないんだ。ゼネラリストとして育って欲しい。この業界と会社の未来を背負って欲しいのだよ」


 猪山はそう切り出して博貴を口説き、そして博貴はその口説き文句を受け入れた。この村出身で古くから父親と親交のあった猪山は産まれた頃から博貴を知っていた。そして博貴帰郷の噂を聞き付けたのか藤間家の門を叩いたのである。


 猪山建設株式会社と言っても、単なる街の工務店ではない。建築工事部門は弱いものの、土木工事部門では億単位で公共工事を請け負う事の出来る県内有数の工事会社である。支店や営業所も県内に多く点在し、土木工事部門だけでなく採石場や生コン工場に自社ダンプの運輸部門まで持っている。今の社会風潮であるキツイ、キタナイ、キビシイを採点項目から外せば、田舎の大企業であるのは間違いない。――博貴はその猪山建設に再就職し、猪山社長が言うところの『ゼネラリスト』を目指して歩み始めたのだ。

 具体的な勤務先は実家の村から車で四十分ほどの場所にある「猪山建設生コン」。生コン工場の品質管理試験室補佐の肩書きを与えられ、生コンの品質を日々チェックするのだが、博貴に与えられた仕事はそれに留まらなかった。各事業所や各部門で人数が足りなくなった際の「ヘルプ」として投入され、県内各地……それこそ東西南北を奔走させられる羽目になったのだ。


 この大晦日の日、兄の妻に怒鳴られてしまった博貴。未明に除雪ヘルプの召集がかかる可能性があり、早めに就寝しなければと大広間を出て、毎年欠かさず行っている二年参りにへと出かけたが、その表情には陰りがあったのは間違いない。

 兄である善美の情け無い顔、博貴に見せた初めての顔。――妻涼子の激昂を抑える事が出来なかったあの兄の、何とも申し訳無さそうな眉の下がった表情が、博貴の背中をチクチクと刺したのである。


(兄さんのあんな顔……見たくなかった)


 大広間から逃げるように外に飛び出して来た博貴には、除雪召集の準備や親戚一同の視線を避ける意味もあったのだが、憧れた兄が見せたあの情け無い表情から背を向ける意味も含まれていたのだ。



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