37) 見詰める者たち
リスタル村の山頂には国境線が無い。これだけを言われると軽い衝撃を受けるのだが、他国に山頂を奪われないように……そして奪わないようにと取り決められた、言わば山頂は『緩衝地帯』である。山頂から東西南北の裾野にかけて約三百メートルの円錐形の地帯は、どんな事情があっても足を踏み入れてはいけないのだ。そして、その円錐形の底辺に国境線が引かれ、エルフや魔族など各国の国境警備隊が櫓を組んで、不法入国者がいないかと常に眼を光らせている。
そのリスタル山の南斜面は、人間種の作った国家『ファウセレ王国』の中で、王家に仕える柱の一人であるコニー・オーストレム伯爵が統べる自治領となっており、表面上は他国人の入国を一切拒んで来た。……拒んで来たと言うのはていの良い言い訳なのだが、実際はドワーフや魔族や獣人やエルフに比べて総合力の落ちる「人間」が、古来より相手にされて来なかったと言うのが真実により近い。優秀な種族だと自負する亜人たちの歯牙にも掛からなかったのである。――今でこそ、水面下でドワーフの国と通商契約は取り交わしてあるが、それはひとえにコニー・オーストレムの才覚の賜物なのだ。
そのオーストレム自治領、『辺境伯』と讃えられた伯爵が統治する領土の最北端に今、何やら怪しい動きが芽生えた。場所はリスタル山南斜面の中腹で、山頂とリスタル村のちょうど中間に構える急峻な崖の上。その崖の上に二つの人影が確認出来る。二人とも人間の男性に見えるのだが、眼下に広がる森の先……リスタル村を見詰めるその瞳には、恐ろしいほどの悪意と殺意が渦巻いている。まるでリスタル村、又はリスタル村に住む人物に対して、何かしらよからぬ影響を与えようと画策しているようにも見えるのだ。
村を見据える二人の男、黒いシャツ、黒いズボン、黒い靴に黒いコート。まるで二人とも衣装を合わせたようにも見えるのだが、その詳細を見れば全然違う。
片方の男性は、ボサボサの黒髪を風になびかせ、シャツからズボンからコートから着ている物全てが擦り切れたかのようにボロボロなのだ。その衣服に愛着がある訳でも無いだろうに、何故いつまでも着続けるのかと首を傾げてしまう……それほどまでに汚い身なりなのだ。だが顔や肌艶は野性味を帯びたかのように朝黒くてツヤツヤ、黒水晶のように透き通った瞳は生気に満ちながらも敵意剥き出しの鋭い光を放っている。
対照的にもう一人の男性は頭の先から靴のつま先まで、埃一つ付いていない気品漂う様相でいる。まるで西部開拓時代の大手葬儀屋の経営者のように、着る物全てが上等で手入れが行き届いている「顧客に失礼の無い姿」。だが野性味溢れる男とは真逆に肌は病的なほどに青白く、透明感の無い黒い瞳からは侮蔑や侮辱……高みから見下ろすような絶対的な悪意の光りを放っている。つまり……つまりはこの男たち、とてもじゃないが「まとも」とは言えないのである。
「見ろ……見えるか?もう一人村に向かっている」
「ふひひひ、魔族の男に続いて、あれは獣人族の娘」
「村にも、潜んでいる魔族どもがいる。狙いはやはり……」
「まあ、間違い無く狙いはあのガキだね」
「だがまだ地脈と繋がっていない、動くのは時期尚早だ」
野性味溢れる男は淡々と言葉を口にし、病的に青白い男は悪意に満ちた声に言葉を乗せる。
「人間、ドワーフ、魔族、獣人、そしてエルフ。全ての種族が同盟を結んだと言う事ではないらしい」
「だね、むしろ話が固まってなくて、これから奪い合うんじゃないか?」
「ならば好気でもある。便乗しない手は無い」
「ケケッ!今ならかき回すだけかき回して血の雨降らしちゃおうかな!」
「派手にやるのはやめておけ、まだ本体は長い眠りについたまま。収集が付かなくなれば戦力差が痛い」
「あれえ、あれあれえ?鬼のクセにあんた……ビビってんのかい?」
「黙れ悪魔、貴様らの快楽主義に振り回された結果が、前回の敗因だと知れ」
「おおん!テメぇ何か今言ったか?目ん玉抉って殺すぞコラ!」
「やれるものならやってみろ、その前に首を捻切って、その汚らしい黒い血を搾り出してやる」
――ケッ!
――チッ!
どうやら仲間では無いらしいが目的は一緒。ゴールが同じだから気に食わないけど肩を並べてる。そんな悪意と敵意の塊が、今のリスタル村を静かに静かに見詰めていた。




