36) 各国の思惑③
ドワーフの国、エトホーフト商業連合が誇る国際会議場『ペスクトゥス(緑の館)』、様々な国境線が交差するリスタル山山頂から見て西側斜面にある巨大な総合施設は今、様々な国家の代表や代理が集い、そして蠢いている。見事な星灯りが照らすその大地では、闇夜のような権謀術数が繰り広げられていたのである。
――ペスクトゥス西棟の一階、外部の者と面談を行う際に利用する応接室には、コニー・オーストレム伯爵とラルフレインが、ドワーフ族二人を相手にテーブルを挟んでいた。
「いやあ伯爵、お見事の一言に尽きます!さすが辺境伯の異名も伊達ではありませんな!」
陽気な声を張り上げ、ジョッキのエールをガブガブとあおるのは商業連合の連合組合長。境界連絡会議にも代表として出席したエスコ・ハッキ。その隣に座るのは、オーストレム伯爵から御用商人として認められ、リスタル村も訪問した事のあるタルボだ。
「いやあ、正直言って危なかったですよ。まさか大魔女があそこまで踏み込んで来るとは思いませんでした」
「調査団派遣については意表を突かれましたな。しかし伯爵、その件も何とかまとめて主導権は奪われなかったじゃないですか。いやあ、大したもんです!」
カラカラと笑う豪快なエスコ、お世辞に乗せられる事無く終始穏やかな伯爵。互いの言い分を腹に隠しながらコミュニケーションを取るような、他種族間の駆け引きではなく、まるで不可侵条約でも結んでありそうな親密度。良く言えば同じ目的を持った良き隣人で、悪く言えば極道の義兄弟のように見える二人。――それもそのはず、昨日今日と行われた境界連絡会議の円卓上では両陣営とも素知らぬフリをしていたが、既に人間種とドワーフ族は国同士で経済連携協定と言う名の条約を締結していたのだ。
[ファウセレ王国オーストレム自治領とエトホーフト商業連合は、ファウセレ王国と他国との貿易に関して、その一切をエトホーフト商業連合が通商窓口となる事を保証する。大陸北部の国境より輸出入する一切の貿易品に関して、関税は自治領側が請求し、販売権は商業連合に帰するものとする]
つまり、オーストレム自治領にドワーフの商人が出入りして商売を行う事を認める代わりに、国境を行き来する商品に伯爵側が関税をかけてお金を徴収すると言う経済関係が成立していたのだ。以前、ドワーフのタルボが伯爵に随行していたのも、その流れに添った行動だったのである。
「お見事でした。受け入れ人数を一人に絞った事、これはデカいです。一人しか入れないと言う事は、その者の衣食住及び物資の運搬の全てを、自治領側の組織に頼らざるを得なくなる」
「うわはは!タルボの言う通り!つまり我ら商業連合が流通を仕切り、伯爵は座して関税が入って来るのを待てば良いだけ。こりゃあ痛快!」
賑やかなドワーフたちを眺めながら、伯爵はグラスを置いて隣のラルフレインを見る。この世界は未成年を規定する法律などなく、物心ついた時から自由に酒が飲めるのだが、酒は嫌いだからと一切口にしていない。面白いともつまらないとも言わず、少年は静かにお茶ばかり飲んでいる。
「ラルフレイン、君が昨日私に話してくれた【外貨獲得】の件、これで絵空事じゃなくなったね」
「伯爵、ありがとうございます。感謝の言葉しかありません」
そう。ラルフレインは昨晩、伯爵に打ち明けていたのである。――異種族の交易、外貨獲得をもって、村の繁栄の手段としたいと
しかし、ラルフレインがそう述べた途端に伯爵から痛烈なツッコミが入る「何ら特徴の無い寒村で、交易品なんて作れるのかい?」と。そこでラルフレインは見事に撃沈してしまうのだが、それで外貨獲得の話が頓挫する事は無かった。紆余曲折の末ではあるが、会議の最終日に具体的な方策が見えたのだから。
「国境を通じて自治領に入って来るお金は、間違い無くリスタル村に還元しよう。君が考える村おこしに使うと良いよ」
「まだどれだけの収入があるか分かりませんが、全て村に還元するのはやり過ぎじゃあ……」
「あはは、何を言ってるんだね君は。良いかラルフレイン、君がいてくれるから外貨の収入が発生するんだ。我が自治領側の商品は君なんだよ?」
……わしゃあ東京スカイツリーかい……
瞬間的に背中がムズ痒くなったが、村を住みやすく、そして賑やかにと願うなら、約束された収入の手段にいちいち文句も言ってられない。
「伯爵、エスコさん、そしてタルボ。今のうちに言っておくけど、調査団が入って来たら、俺は背中の紋章の事を真っ先に話す。チートな能力も無い事も含めて全部話すよ」
「良いのかい?正直なのは賞賛に値するが、それで帰国する調査団も出てくるかも知れないよ」
「いや伯爵、それはあり得ない。彼の背中の紋章もさることながら、これだけ龍脈が波打ってるんだ。間違いなく何かあるよ」
「じゃあ、関税の収入が入り始めたらすぐに村に来てくれ。タルボに頼みたい物が色々あるんだ」
治山、治水、治安、それらの全てが近付いた。具体的にはまだ見えてはいないが、祠と言う名の神社も作るし、村の人々に余裕が出てくれば、収穫祭だって賑やかに行われるだろう。
(未来は明るい!苦労は終わらないけど!)
賑やかな伯爵たちの輪に入らず、柔らかな表情で村の将来を思い浮かべるラルフレイン。ゆらゆらと揺れるオイルランプの灯火が瞳に映し出されていたが、やがてそれは、彼の強い意志の現れでもある眼力によって吸い込まれて行った。
◆魑魅と魍魎と境界連絡会議 の章
終わり




