34) 各国の思惑①
緑の館『ペスクトゥス』で行われた境界連絡会議は、異例の二日間と言う速さでその幕を閉じ、盛大な晩餐会へと移行したのだがそれも無事終了した。明日になれば各国の代表たちは帰国の途につく運びとなり、夜も更けた今は睡魔に身を任せる時間。ペスクトゥスは静寂に包まれているはずなのだが、各国代表たちの寝室がどうも騒がしい。
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「わ、私がですか?」
目をひん剥いて前のめりに驚くのは、『船長』ことレオニート・バルバショフ。魔族の国ブラウエルス帝国代表団の一人で、大魔女ライサの補佐を行なって来た幹部だ。
「そうよ船長、あなたが適任だと思っています」
蒼ざめた肌、痩せこけた身体、見た目だけで判断してしまえば病弱な青年なのだが、彼の瞳はあらん限りの意志の強さを秘めてギラギラと輝いており、彼が実力を持って幹部の座を勝ち取った事が伺える。だが、いくら実力派の幹部と言っても大魔女とは格の差があるのか、意表を突いた彼女の命令に困惑を隠しきれていないようだ。
「い、いや……私はこれでお役御免、ようやく海に戻れるかと思っていたのですが」
「あらあら、それは残念ねえ。ここからがいよいよあなたの出番、本領発揮の機だと思ってたのよ」
「えっ?そ、そうなんですか?」
「良いこと?あの辺境伯は調査団を受け入れる事を約束してくれたけど、村の規模が規模だけに人数を制限したでしょ?」
「そうですね、我がブラウエルスのみならず、各国一名ずつと確約しました」
「そしてここが一番大事なところ。……既に潜入してる隠密について辺境伯は何も言及していない。つまりリスタル村での我が陣容は、三人娘とあなたの合計四名」
「なるほど、各国から派遣された者たちに対して数的優位は間違いないです」
ここで大魔女ライサは口元に品のある笑みをたたえながら、しばしの間を置く。これから言う事が全ての核心を突く内容だから、得心しなさいと促しているようだ。
「そしてあなたは一人ではない。そうでしょ?デッドマンの船長、カピタン・レオニート・バルバショフ。いざとなれば、村ごと制圧出来るのがあなたよ」
(この貴婦人にはかなわない)……そこまで見越していたのかと、驚きを隠さない船長。大魔女が何故に自分を会議に参加させたのかが、ようやく理解出来たのだ。
「あの三人娘はクセが強くていささか不安ですが、私に関してのみ述べさせていただければ、ご期待に添えられると存じます」
ペスクトゥスの南棟、満月の頬を撫でられそうなほどに見事な月夜の下で、魔族の帝国は『リスタル村占領作戦』の打ち合わせを終わらせた。
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こちら獣人の国、統一ハウトカンプ族の代表団が詰めているペスクトゥスの東棟。その最上階のロイヤルスウィートに隣接された貴賓室に、国王オルフィエル・カーンから呼び出された従者が、国王を前に片膝を落として頭を垂れている。
「ヨセフィーナよ、面を上げよ」
王に促されたのは女性で、猫科の獣人を想像させるような耳が生えている。少女と言うよりは成人女性と表現した方が適切なほどに、身体の曲線美は芸術の域に達していた。
「ヨセフィーナ、夜分の呼び出しを許せ。過給の要件にて汝に頼みがある」
「許せとはもったいないお言葉。私は王の忠実なる臣下以外の何ものでもございません。何なりと申し付けを」
「うむ、では述べるぞ。辺境伯が宣言した調査団受け入れの件、余はヨセフィーナに任そうと思う」
「光栄の至りに存じます」
「ただ……ただ精霊どもや魔族どもとは狙いが違うと言っておく。これから言う事を良く聞け、そして他言無用だ」
――魔族もエルフの精霊どもも「見えない力」を感知出来るだろうから、既におおよその結論は出ているはず。あの辺境伯が連れて来た少年こそが台風の目だと。だからやつらは少年の争奪戦を始めるだろう。魔力酔いした土地を清めるために、魔族は少年を拉致するだろうし、気位の高い精霊どもは少年を奪って傀儡を興し、意にそぐわなければ少年を殺すかも知れぬ――
「そこでだ、見えない力を感じる事の出来ぬ我らは、一歩遅れた争いには参加せずに避ける事とした。ヨセフィーナよ、我ら獣人族が誇るべき、他種族より秀でた能力とは何だ?」
「はっ!他種族より秀でているのは、野生の勘にございます」
「うむ、その言や良し。魔族や精霊どもは少年を奪う事のみに執着しておるが、野生の勘はそれが愚策だと言っておる。良いかヨセフィーナ、汝は少年に気を許して近付き、そして少年の子をその身に宿せ」
王の命令が理解出来た瞬間、ヨセフィーナは大きく目を見開きながら、足の爪から耳の先まで真っ赤に染める。まるで自分がヤカンにでもなったように、頭から大量の湯気を噴き出しているようだ。
「へ、へっへっ……陛下!」
「どうした顔が赤いぞ」
「い、いえ!これはその……」
「ふふ、汝の父も話しておったぞ、汝は完璧過ぎて男が近寄って来ないと。ヨセフィーナよ、獣人の本懐とはなんぞや?」
「じゅ、獣人の本懐とは、子を宿し次の世に繋げる事にございます」
「なればこそよ。あの少年も見ればなかなかの美丈夫、汝と釣り合いは取れていると思うぞ」
「は、はいいぃ……」
「魔族や精霊どものように少年を奪い合うのではなく、少年の子を宿しさえすれば、自ずと少年も我らになびく。頼んだぞ、ヨセフィーナ」
彪の獣人で周囲からは智将、猛将、戦の女神と評されて来た『パーフェクト・ビューティ』ヨセフィーナ・キュトラ。彼女の悶々とした日々が今日始まった。




