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33) 打ち込まれた楔(くさび)


「私の後ろにいる少年ですか?」

「そう、伯爵の後ろに座る少年について、教えてくれないかと聞いている」


 口元に笑みを作り、柔らかい表情を作るイサベル・アルシェだが、口調はまさに強要そのもの。絶対に逃す事無く全てを明かしてやると言う意志に満ち満ちている。一方、問い詰められようとしているオーストレム伯爵は、昨晩ラルフレインと打ち合わせして対策を講じてあるはずなのに、何故か挙動不審。エルフ代表が急に口火を切って来た事に驚き、上半身を引き気味に額の冷や汗を拭っている。だがそれを額面通りに受け取ってはいけない――全ては芝居、それもまた伯爵の計画通りの対応なのだ。


「あ、後ろの少年ですね。彼は国境に一番近い村、リスタル村に住む少年で、名前はラルフレインと言います」


 ラルフレイン、皆さまにご挨拶を……伯爵は立ち上がるよう促し、ラルフレインは各国代表がぐるりと取り囲む円卓に向かい深々とお辞儀し、そして着席した。

 しんと静まり返ったまま、しばしの時間だけが流れる会議場。ドワーフも魔族も獣人もエルフも、そこにいる人間種以外の全ての種族が、ポカンとしたままパチパチと(まばた)きしている。


「は、伯爵?……それで終わり?」

「はい、皆様方に失礼の無いよう、しっかり挨拶させました」

「いやいやいや!彼は礼こそしたものの、何も発してはいないではないか」


 慌てて食らいつくイサベルに対して、ここでいよいよ隠されていた『辺境伯』の顔が現れる。ドワーフより非力で、魔族より魔力に乏しく、獣人より鈍重で、エルフより鈍感な人間種。その人間種世界のさらに、片田舎の辺境で大した戦力を持たないオーストレム家の当主が、いかにして特殊能力や戦力に頼らず自国領を守り続けて来たのかを、垣間見る事となったのだ。


「執政官、そしてこの場にいる各国代表の皆様、お騒がせして申し訳ありません。彼はあくまでもただの見学者、オブザーバーにございます。私も彼も立場をわきまえた上で納得して、この場に臨んでおります」

「立場をわきまえたとは、どう言う事でしょう?」

「執政官殿、彼はいわゆる農奴階級の者。人間社会においては底辺にある階層の少年にて、この場で口を開くにはいささか身分の差が激しいかと」


 イサベルはガタリ!と椅子を後方に吹き飛ばしながら勢いよく立ち上がる。伯爵に弄ばれているのは当初から感じていたが、この期に及んでのらりくらりを続ける理由が全く分からないでいる。……もったいつけておいて最後に少年の素性を披露するのかとも読んでいたが、ここに至っては何も情報が得られない危機感すら覚えて来た。何故ならば、イサベルは伯爵の瞳の奥に潜む挑戦的な輝きに気付いたのだ。――嗚呼、この男は会議をかき回すだけかき回して、後始末もせずに帰国する気だ、と。

 事実、ラルフレインと打ち合わせしたオーストレム伯爵は、のらりくらりを続けて彼の素性を明かさないまま、会場の視線を釘付けに帰国する事を決めていた。伯爵にしてみれば、エルフのリィリのように無断で国境を侵犯し、リスタル村に潜入していた事が許せなかったのだ。当たり前の話これこそが国境紛争。その可能性を大いに秘めた不祥事だからだ。だからこそラルフレインを【祝福されし者】として一切の紹介はせず、底辺の農奴階級だと言って情報の遮断を宣言したのである。


(前世も底辺呼ばわり、今世も底辺呼ばわり。なかなかに俺って多難だな)


 当のラルフレインも、初めて見る他種族のプレッシャーで緊張甚だしく、出来る事なら言葉など発せず終われればと考えていた。だから伯爵のセリフに多少の苦笑を覚えながらも完全に沈黙。目を伏せる事で全ての視線を遮断している。つまりこの局面では、ラルフレインと伯爵が会議の主導権を完全に掌握していたのだ。


「ならば何故だ伯爵!底辺階級の農奴を、わざわざこの会議へ出席させる!」

「いやいや、この少年の住むリスタル村もオーガ戦争の際に男たちを兵に出しましてね。人口減少が甚だしいのです。つまり彼は次世代の村長候補、彼にこの山の国境で何が起きているのか単に見せたかったのですよ」


 辺境伯は会話の門を閉ざした……各国の代表たちや補佐たちはそう感じた。このまま力任せに問い詰めたところで、伯爵は「単なるオブザーバー」と「農奴階級」と言う二枚のカードを切り続けるだけで、堂々巡りを繰り返すのみ。つまり千日手だと判断したのだ。

 ただ、このまま会議を閉会にさせて別の方法を模索したとしても、せいぜい隠密をリスタル村に派遣させる程度しか策は無い。その国境を犯した上で得た情報をもって、次の境界連絡会議に議題として上程する訳にもいかない。何故ならば農奴の少年の素性を明らかにしたい各国の異種族も一枚岩ではないのだ。良く言って隣国、悪く言えば敵国。二階に登ったは良いがどの国がハシゴを外すか分からないのである。


 一瞬の沈黙。伯爵と少年に視線を向ける全ての者が硬直し、イサベルの歯ぎしりだけが大理石に響くこの場で、別の女性の凛とした声が通った。意外にもその女性は魔族代表の大魔女、魔族の国ブラウエルス帝国の宰相ライサだ。


「コニー・オーストレム伯爵、私からも(けい)にお話したい事があります。お時間はよろしいかしら?」

「帝国の千年花と呼ばれる、見目麗(みめうるわ)しい貴女(あなた)にお声かけ頂ける事、歓喜の至りに存じます。何なりと」

「うふふ、お世辞の上手い殿方ですこと。執政官イサベル、お座りになって落ち着いてください。私が辺境伯から発言の許可を得ましたので」


 そう言うと大魔女は静かに立ち上がり、穏やかに伯爵を見据える。

 互いに議論を交わす際は円卓を前に着席していても良いが、席から立ち上がって論を述べる際は、途中で口を挟めないと言う暗黙のルールが存在しており、ライサはこれを利用して思う事全てを出し切る積もりなのだ。


 ――ドワーフの国エトホーフト商業連合、我が魔族の国ブラウエルス帝国、獣人の国統一ハウトカンプ族、エルフの国ホーデリーフ皇導国。人間種統べるファウセレ王国以外の種族で、その中でもある程度感知能力がある者全てが、口を揃えてこう言っています「今年になって龍脈が活発化している」と――


「龍脈が活発化するのは悪いことではありません。天変地異の予兆ではなく、僥倖、吉報の予兆です。そしてその僥倖の兆しは、全てリスタル山に通じていると判明しております」


 表面的には平静を装っているが、伯爵は内心で軽く驚いている。ドワーフの商人タルボから得た情報以上に、各国はこの事象の原因を解明しようと躍起(やっき)になっていたのだと。


「この会議で何か判明するかと心躍り、我ら帝国は一週間も前に会場入りしました。統一ハウトカンプ族もわざわざカーン陛下が会場入りしました。オーガ戦争が終わり、その負債が長引く疲弊した今の世。皆が皆、真相を解き明かして僥倖にすがりたいのです」


 ここでオーストレム伯爵は、ラルフレインが外交カードになり得ぬと判断した。歯牙にもかからぬ非力なカードとしてではなく、外交カードとしては制御不可能なほどに圧倒的な影響力を秘めている事に気付いたのだ。このままラルフレインの存在を外交カードとしてチラつかせれば、やがては世界戦争並みの争奪戦が始まると危惧したのである。だが伯爵の内心の寒気も、既に手遅れと言っても過言ではなかった。場の空気と流れを上手く読んでいた大魔女ライサが、特大のクサビを打ち込んで来たのだ。


「いかがでしょう?コニー・オーストレム伯爵。辺境伯の統べるオーストレム自治領に、我が帝国調査団の入国を、正式に認めていただけないでしょうか?もちろんそれに対する謝礼はお約束致します」


 彼女はこの会議でラルフレインの素性を暴こうとは思わず、それを飛び越えてリスタル村に帝国民を入れようと画策していたのだ。それも「各国」とは言わずに、自国の調査団と表現するあたり、大魔女ライサ……相当にしたたかである。



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