30) 『境界連絡会議』開催
ドワーフ族の統べる国、エトホーフト商業連合の領土内に建設された大きな外交施設『ペスクトゥス(緑の館)』は、最先端の建築技術を用いられて建てられている。測量技術や建築資材の加工技術もさる事ながら、そのデザイン性や機能美は数多の宗教施設や宮殿を遥かに凌駕し、この時代における最高峰の建築物と言っても過言ではない。
寸分違わぬブロック石を積み上げた三階建ての施設は、カタカナの「ロ」の字のように中空となっており、北棟、東棟、南棟、西棟と四つのブロックに分かれており、棟から棟へと移動するには、一度一階の共有区画まで降りないと移動する事は出来ない。ホスト国であるドワーフ族を除いた四カ国が各棟に国ごと分散して宿泊する事から、暗殺や水面下工作を防いでいるのである。ホスト国のドワーフ族、そして雇われた執事やメイドたちはペスクトゥスの地下一階と地下二階に居住区と業務区画を有し、東西南北の各棟の中央には大ホールと会議場と控室……まさにペスクトゥスは機能美に溢れた次世代建築の集大成と言えた。
ペスクトゥスよりも高みにそびえる、リスタル山の山頂に朝日がかかる。山頂から西に下ったなだらかな斜面にあるペスクトゥスから朝日を望めば、まるで山頂から後光が差しているかのような神々しい光景だ。
雲一つ無い晴天、夏も終わり初秋の澄み切った空気が漂う今日この日、ここペスクトゥスで定例の【境界連絡会議】が行われる。いよいよ五カ国のトップが一つの部屋に集まり、時に熱く時に寒々しい議論の応酬が始まるのだ。
「ホスト国、エトホーフト商業連合代表団!」
五角形の広い部屋、その中央には大きな円卓のテーブル、そしてテーブルの後ろに並ぶ椅子、椅子、椅子。ガランとしたひと気の無い会議場に、このペスクトゥスの執事頭、ドワーフ族のオリブの声が轟く。エトホーフト商業連合はこの施設を各国に提供している事から、永続的にホスト国・調停国としての地位を約束されている。だが反対に公平性を保つ理由で議長権限を永続放棄しているので、境界連絡会議の議長はエトホーフト商業連合以外の国が持ち回りでその任に就く。
ドワーフの国代表として入室して来たのは、国家元首に次ぐ要職『連合組合長』の肩書きを持つエスコ・ハッキとその従者数名。エスコは各商業組合を一つにまとめる重鎮だ。
「続いて、ブラウエルス帝国外交使節団!」
オリブの声に合わせて開いた扉からは、魔族の使節団が入場して来た。代表の大魔女ライサを先頭に、船長と呼ばれる蒼ざめた男レオニートが続き、その背後にはベールとローブで顔と姿を隠した複数の女性たちが入室して来る。……だが三人姉妹の姿を確認する事は出来ない。
「続いて、ファウセレ王国オーストレム自治領使節団!」
人間の国の代表団が呼ばれた。扉から現れたのは代表であるコニー・オーストレム伯爵。その背後には警備隊長と従者の計二名、そしてその後から農奴服をそのまま着たラルフレインが入室する。いささか陣容が薄く頼りない感じを醸し出しているが、オーストレム自治領は専属の摂政ポストを置いていない。置いていないと言うよりも置くだけの余裕が無い、辺境の弱小国家なのだ。だがそこは代々辺境伯と呼ばれるオーストレム家、その異名に恥じないだけの外交成果を上げて来たのも事実なのである。
「ラルフレイン、君はそこに座ってくれ」
「わ、わかりました」
各国の代表だけが円卓を前に座る事が許され、お付きの者たちは背後に並ぶ椅子へと座る。ラルフレインは従者二人よりも更に後ろへ座るよう指示されるが、これは否が応でも注目を浴びるはずの彼が、視線の嵐にパニックを起こさないようにと考えた、伯爵の配慮だろう。何故なら、ラルフレインはもうこの段階でいっぱいいっぱい。会場の凛とし過ぎた空気と、集った者の人とは違う霊圧に圧迫され、心臓の鼓動が早まっている。
「続いて、ホーデリーフ皇導国使節団!」
いよいよエルフ族の外交使節団が入場して来た。先頭をきって入って来たのは、小柄なエルフとはかけ離れた長身の女性。耳はエルフの特徴を体現するかのように長くとんがっているが、肌は褐色で長い髪が燃えるように赤い。
(なんか……ラノベに出て来るダークエルフみたいだな)
ラルフレインがそう思うのも無理はない。何故ならば、その先頭の女性に従うように入って来た従者たち約十名は、アニメやマンガに出てくる「細く」「白く」「華奢な」エルフそのもの。先頭を行く女性だけがイメージとかけ離れた異質そのものなのだ。
だがそんな違和感もあっという間に霧散する。二度しか顔を合わせてはいないが、見慣れたエルフの少女が従者たちとともに入室して来たからだ。
(あっ、リィリじゃないか!)
驚くのも無理も無い。エルフのリィリが使節団の一員として堂々と肩で風を切って入って来たのだ。
(そうか!夜会に出たけど俺がいないって昨晩言ってた。あの子は夜会に呼ばれる立場の子だったんだ)
ラルフレインが遠くからじっと見詰めていると、視線に気付いたのかリィリもラルフレインの存在に気付く。
(うわっ、思い切りニカって笑ってる!俺に向かって手まで振り始めた!)
もちろん、リィリと会って全てを話したなど伯爵には言ってない。ここで二人が知り合いである事など、知られたくないのだ。
(バ、バカ!こっち見んな!手ぇ振るな!ニカって笑うな!)
ドキドキしながらリィリから視線を逸らし、冷や汗をダラダラ流しながら他人を装うラルフレイン。リィリはリィリで早く私に気付けとアクションが大きくなる。――だかこんな流れも長続きはしなかった。リィリに肩を並べて歩いている別の女性が、彼女のはしゃぎっぷりをマズいと感じたのか、彼女の頭にゴチンとゲンコツを食らわせたのである。
(あっ、目から火花出した)
リィリの視線に気付いた伯爵が振り返るも、ラルフレインは何とか平静を装う事に成功する。だがラルフレイン・ベイルは気付いていなかった。エルフ族の先頭を歩く褐色の女性が、これ以上無いほどの憎しみを込めた瞳で、ラルフレインを刺すように見詰めていた事を――




