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27) パンドラの箱の底 前編


 これほど見事なゲンナリ顔もない――伯爵や従者、さらには「緑の館」ペスクトゥスの使用人たちまでもが、ラルフレインの表情を見てそう感じている。

 まるで未来への扉が閉ざされてしまったかのような彼の落胆、その原因は伯爵との会話の中にあった。境界連絡会議に出席する事を求められたラルフレインはオーストレム伯爵と合流。初めて乗った馬の操縦に戸惑いながらも伯爵と肩を並べて国境を越え、エトホーフト商業連合の領土にあるペスクトゥスを目指していた時……その時の会話が引き鉄となったのだ。


 標高が高くて木が大きく育たず、人の身長ほどに野草が生えるのが精一杯な「森林限界」に入り、リスタル山の山頂を右に仰ぎ見ながら山道を進むオーストレム伯爵一行。山道は石だらけの悪路でそこそこ勾配もある事から、馬車を用いず一人一人が馬に乗って峠を越えている。国境線には簡単な(やぐら)が建てられ、伯爵配下の国境警備隊員たちが交代勤務を行なっているのだが、いよいよ国境を越えドワーフの国に入った時、穏やかな空気漂う中突然ラルフレインが素っ頓狂な声を上げた。


「えっ、それマジなんすか!」


 それまでは笑い声すら飛び交う様子であったのだが、この声をきっかけとしてラルフレインの表情はどんどんと曇って行く。『リスタル村を盛り上げたい』――ラルフレインの意志は一貫しており、前回の伯爵との会談も今も、それを大前提として彼は会話を重ねて理解を求めようとしている。

「リスタル村の道は全て整備したい」「農業用水を確保する池を作りたい」「森林整備で植林をしたい」「河川と治山整備を行い、土砂災害を防ぎたい」と、次から次へと要望を出すも、伯爵は笑顔でそれを受け入れ、非番の警備隊員も手伝わせる事を確約してくれた。だがラルフレインがリスタル村の村外について言及をし始めたのをきっかけに、伯爵の顔から急に笑顔が消えたのだ。


「リスタル村の村道が全て整備されたら、次は国境から里のニーハルーツ村までの山道を整備したいです。旅行者たちに足の負担がかからない道ならば、それを評判に旅行客だって増えるでしょうから」

「ラルフレイン、旅行者はね……増えないよ」

「……はい?」

「この地域で旅行者が増えるのはあり得ないよラルフレイン。君は今までの人生で、旅行者に会った事があるかい?」

「言われてみれば……ありませんね」

「元々、我々人間にとってリスタル山やリスタル村は、何の観光資源も無い。ただ国境を有する山と言うだけの存在だ」

「確かに観光と言っても……」

「それに私の本心で言えば、リスタル村の存在自体も本当は必要無いんだよ」


 この伯爵の言葉に、ラルフレインは驚愕をもって反応したのである。もちろん伯爵は身分差のあるラルフレイン突き離した訳ではない。あれやこれやと要求して来た彼に増長するなと釘を刺したのではない。むしろこの現状をより詳しく把握して貰いたいからと、ラルフレインの言葉に(くさび)を打った。現状を把握した上で、可能な事と不可能な事の線引きをしてくれと、彼にも噛み砕けるよう丁寧な説明を始めたのだ。


「ラルフレイン、リスタル村の本来の姿は戦略的要衝だ。我々以外に四つの国が山を占めようと虎視眈々と狙っている」

 ――人間にとっては何ら価値の無い山だとしても、未だ友好関係を築いていないドワーフ、魔族、獣人、エルフたちどれかに占領され、我が領土を高みから見下ろされる危険性は避けたい。その為のリスタル村、あの村は人間種が統べる領土の『生存権の主張』なのだ。生存権の主張とは、これは私の師匠から聞いた話の受け売りなんだが、家賃を滞納しても直ぐに出て行かなくても良くなる法的な権利の主張。つまりリスタル山南側は我が領土で領民が住んでいるから、侵攻は即ち我が国に対する戦線布告だと……その正統性の為だけのリスタル村なのだよ。

 これだけでもラルフレインは充分驚いたのだが、伯爵は更に言葉を続ける。


「リスタル村が住み良い村になる、それは大賛成だ。心から賛成するし、惜しみの無い協力を約束しよう。これは私の懺悔(ざんげ)だと思ってくれて良い」

「懺悔……つまり村民に申し訳なく思っていると?」

「そうだ、そうだよ。本来領主とは、領民の命を守り、いざと言う時は命を賭して領民の盾になる者。それが貴族の務めだ。わざわざ危険な地に領民を住まわせる領主などいないよ」


 ――国境から里のニーハルーツ村までの山道を整備したいと言ったね、悪いがそれは却下だ。道が悪いからこそ敵侵攻の足も遅くなる、そう考えて欲しい。それにさっき君は『旅行者』と言ったよね。悲しいかな今の世は君や師匠がいた民主主義の世界じゃない。通行を認められた商人だけが旅を許される荘園制の貴族社会だ。領民と言う名の農奴は、その土地で産まれてその土地で朽ちて行くのだよ――


 そこまで言われると、もう何かを主張する気力すら失っていた。もちろんこの世界に対する嫌悪感が生まれた訳ではない。普通の農奴なら一生知る由もない事を知ってしまった後悔。核心に触れたは良いが、それが望まぬ内容であった事への脱力感に苛まれてしまう自分がいたのだ。


「……思っていた以上に、世界はキナ臭いって事ですか」

「そうだね、オーガとの戦争は終わったけど、戦争自体はまだ終わったいないのかも知れないよ」


 最後に伯爵が意味深な言葉を放つも、すでにショックで打ちのめされた彼の耳には届かなかった。

 太陽は西に傾き、遥か先に臨む山々の稜線がオレンジ色に染まり始める頃。

 一行は後もうちょっとでペスクトゥスに到着する。前夜祭として夜会が催されるのだが、会議が開催されるまで出歩くなと命じられているラルフレイン。本人もまた「そんな気は失せたよ」とばかりに、肩をガックリと落としていた。



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