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25) 僥倖の予感


「お入りなさい」


 ベクストゥスの一等客室に響いたノックの音。その部屋の主は音の方向へ振り返りもせずに入室を促した。


「レオニートです。何かご用事が……おっと!」


 入室を認められてドアを開けてはみたものの、そこには今まさに着替えをしていた半裸の女性が。慌てて目を逸らして背中を向けるのだが、女性は恥じらいも怒りもせずに、淡々と着替えの作業を続けている。


「いかがでした?盗聴の心配はありそう?」

「いいえ、配下の者たち総出で調べさせましたが、魔法円一つ護符一つ見つかりませんでした」

「そう。エトホーフト商業連合は絶対的中立を謳っているから、確かにこの館にも疑念を(いだ)かせるような物は置かないかも知れませんね」

「ライサ様のおっしゃる通り。ドワーフ達が水面下で諜報活動をしている節は見当たりません」

「ならば蠢いているのはエルフか、はたまたあの野蛮な獣たち、、、」

「まあ、エルフなんでしょうね。あの龍脈の激しい鼓動に、精霊使いたちが色めき立たない訳がありません」


 ――レオニート、すまないけれど背中のホックを外していただける?――

 透き通った肌を陽の光りに輝かせながら、下着姿の大魔女ライサは、更にレオニートに向かって背中を晒し、ぎゅうぎゅうに巻かれたコルセットのホックを外すよう求める。

 白い肌、艶やかな黒髪、見事な体型を惜しげもなく見せつける彼女を見て、欲情しない男などいないであろうが、ドワーフの執事頭から「船長」と呼ばれたレオニートは違う。無防備な姿を目の当たりにしても、襲いかかるどころか(よこしま)な感情すら欠片(かけら)も思う事無く、淡々と着替えを手伝っている。何故ならば、この大魔女ライサとは美の化身ではなく、魔王軍に身を置く者にとっては絶対的な畏怖と尊敬の象徴なのだから。


 〜〜生まれて千年経ったのではない、大魔女と畏れられてから千年経ったのだ。魔王軍に千年魔女あり!戦士たちは魔王軍の旗の下に集いて、旗を掲げる大魔女に付き従うなり!〜〜

 魔王の統べる国、ブラウエルス帝国を謳う際に、吟遊詩人たちが必ず用いる枕詞の一節である。これにあるように、この美しきも歴史古き魔女は、欲情するには恐れ多き存在として確立していたのである。


「最近になって各地の龍脈が騒ぎ出した。それを辿ると人間世界、オーストレム自治領に震源が発生したと推察される。ドワーフは静観を決め込んでいるが、エルフは既に調査のために人を送り込んだ可能性が高い」

「そう、我々が出し抜かれる訳にはいかないわ。それで船長、人選は済んだの?」

「はい、ここは例の三人娘にと思い準備させました。ライサ様の号令頂ければすぐに出せます」

「あら、てっきり私はあなたの手の者を出すかと思ったのに。随分手堅いところで決めたのね」

「私の……乗組員たちはどうも海が無いと心細いようで。いくら命令だと言っても、海が見えないとか何とか言ってどうにもグズってしまって……」

「あらあらまあまあ、海の男って案外子供なのね」


 部屋着に袖を通しながらクスクスと笑いながらそれを認めるライサ。本来ならば上位の命令は絶対のはずで、命令を拒否しようものなら死をもって(あがな)うようなイメージを彷彿とさせる魔族なのだが、不思議な事にレオニートの言葉をライサはすんなりと受け入れた。大魔女とまではいかないものの、この『船長』もそれなりの立場を持っていた事、大魔女から一目置かれているのが伺えた。


「ミル、ユウ、キクにはあなたが命令を下してね。あなたが人選した以上、私が横からしゃしゃり出ても混乱するだけ。今回あの娘たちの指揮権はカピタン・レオニート・バルバショフ、あなたにあるわ」

「承知しました。では早速偵察任務にあたらせます」


 蒼ざめた男は深々と頭を下げ、そして静かに部屋を出て行った。


「さてさて、喜び勇む龍脈の先に何が待っているのか。非常に楽しみです」


 ――もしかしたら、枯れ果てた帝国領土に緑が戻るかも。そんな気すらして来ますね――

 年齢は軽く千を越えるはずの魔女が、今だけは少女のようにはしゃいでいた。



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