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24) 大魔女と船長


 大陸の北東から北西に向かって広がる険しい山脈の中に、『リスタル山』と呼ばれる山が存在する。標高二千メートルにも満たない比較的低い山で、外見上これと言った特徴の無いなだらかで穏やかな山なのだが、この山に価値を見出す者たちは多い。人間世界の最北端に位置するこのリスタル山は、山頂を起点に様々な国境線が麓へと伸びており、亜人や獣人や魔人たちが聖地や聖山として(あが)めていたのである。外交戦略上の要衝ではないものの、様々な民族や種族はリスタル山の独占を狙って、今日も火花を散らしていたのである。

 そのリスタル山の頂上付近……頂上から西斜面に向かってしばらく下った場所に山荘がある。名前は『ベクストゥス』緑の館と言い、ドワーフの国家『エトホーフト商業連合』が管理運営している施設だ。だがこのベクストゥスと呼ばれる館は、登山客の休憩に利用される施設ではない。ドワーフ族内でも聖地巡礼を行う者たちは確かにいるのだが、聖地巡礼客にすら門戸は開かれていない。――切り出した石のブロックで作り上げられたこの巨大で豪華な山荘は、リスタル山の所有権を主張する各国の外交施設団が集い、そして年に数回の外交会議を行う場所。つまり【境界連絡会議】の会場及び宿泊施設であったのだ。


「ブラウエルス帝国施設団様、御到着致しました!」


 そのベクストゥスの屋内に従業員の声が轟いた。光沢のある石をブロックにして敷き詰めた天井は、標高もさる事ながら凛々しい涼しさと静けさを醸し出しており、それと相まった従業員の声はまるで、国王謁見の宣言にも聞こえるほど荘厳だ。


「これはこれは、大魔女ライサ様に、カピタン(船長)・レオニート様。遠路はるばる良くお越しくださいました」

「おお、執事頭も変わり無いようね。息災で何よりよ」


 人の身長の三倍も四倍もありそうな豪華な扉が開き、屋敷に入って来たのは異様な出立(いでた)ちの集団。ヴィクトリア朝を彷彿とさせるような豪華で清楚な白いドレスを纏った女性を先頭に、その背後には病的なほどに細く、肌が真っ青に蒼ざめた青年が。その後ろに付き従うのは統一されたメイド服と紳士服の集団。そう、彼らこそが外交施設団。境界連絡会議に出席するために、魔族や魔人族で構成された国家【ブラウエルス帝国】から派遣された幹部たちなのだ。


「しかしお早いお付きでしたね。まだ当方の準備も完了しておらず、ご不便をお掛けする事、心よりお詫び申し上げます」


 大魔女ライサ、そしてレオニート船長と呼ばれた施設団の代表たちに向かい、深々と丁寧な詫びを入れる執事頭。彼はドワーフだが、彼に倣って深々と頭を下げるメイドなどの従者たちは、エルフや人間や獣人など様々な者たちがいる。


「執事頭オリヴよ、頭を上げて欲しい。予定を勝手に早めて乗り込んだのは当方の落ち度。汝らが責を負うものではない」

「船長の言う通りよ。オリヴ、そして従者の皆様、一週間ほど早く到着してしまった事、お詫び致します。それ相応の謝礼をさせていただくし、不便には一切口を挟みません。どうか気にせず励んでくださいね」


 オリヴたちの丁重な物言いに恐縮しながら、魔女とは思えない微笑みをもって返すライサ。まるで死人のように青ざめた船長の口から、他者への労いの言葉が出るのは逆に不気味さを醸し出している。


「お心遣い感謝申し上げます。皆様、長旅でお疲れでしょう。只今お部屋へご案内致します」

「オリヴ、部屋は南向きの部屋になるのかしら?」

「もちろんにございます。どの国の代表団であったとしても、お早く入られた方々から順番に割り当てさせていただくのは、公平の証。当館のルールにございます」

「それは重畳至極。陽の光りを浴びてゆっくり骨休めさせていただくわ」


 オリヴを筆頭とする施設運営側からすれば、予告の無い早い到着は迷惑この上無い話ではあるのだが、やはりそこは接客のプロフェッショナル。ゲストに失礼があってはならぬと最上級のもてなしを約束した。ひるがえって魔族の代表団は、予告無しでチェックインを早めた旨を詫びながら滞在費の上乗せを約束し、そして準備不足をなじる事も一切しないと約束した。

 側から見れば良くある光景、貴族階級のちょっとしたトラブルにも見えるのだが、この「早すぎる到着」には別の見方がある。それはこの魔族の代表団が境界連絡会議を前に、何故チェックインを一週間も早めたのかと言う疑問。わざわざ余計な経費を払いながら、その一週間をどう過ごすのかと言う点にある。

 全てはこの大魔女と呼ばれた女性の思惑なのか。それとも彼女が忠誠を誓う唯一の存在、魔王の差し金によるものなのか。――今回の境界連絡会議、なかなかに穏やかに終わらなさそうな様相を呈して来たのは、間違いの無い事実であった。




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