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23) 立ちはだかる現実


 『A水準器』と呼ばれる測量機器がある。構造物や施工箇所の水平値を確認するこの測量具は、三本の木を三角形に組んで底辺の木の中心に基準点の溝を掘り、三角形の頂点から重しを付けた紐垂らす仕組みで、基準点と紐の先の重しが垂直に交差していれば、水平である事が証明される、簡素な測量具である。まだレーザー測量や気泡測量など無い、古代エジプトの時代に発明された測量具だ。古代エジプト人はこれを用いて後世に遺る大規模な建築を行なっていた。

 ラルフレインは工事現場で現場代理人と雑談を重ねていた際に出て来たA水準器の話を思い出し、自分で作ると決意した【神社】建設でこれが活用出来るのではと思考し、A水準器を自作したのだ。


 ――リスタル村の保養所から伯爵が去ってから数日、保養所は公民館へと名前を変え、村の長老たちが集まって村の課題について議論を重ねていたのだが、今回に限っては、水利権や薪の配給の順番よりも、もっともっと謎に満ちた話題がテーブルに上げられていた。そう、議題ではなく話題がだ。

 『次回の境界連絡会議に、ラルフレイン・ベイルを連れて行く』当地の領主であるコニー・オーストレム伯爵のこの宣言は、村の長老たちをどよめかせ、なおかつ深潭(しんたん)寒からしめる事となる。あの暴れん坊が伯爵のお付きで外交会議に同行するなど、以前のラルフレインのイメージが払拭出来ていない老人たちにとっては、村の存亡に関わる一大事だったからだ。

 当然、ラルフレインは公民館に呼ばれて、長老たちに事の経緯をただされたのだが、もちろん『祝福されし者』については一切口を開いていない。彼は知らぬ存ぜぬでその場を乗り切ったのだが、言われっぱなしのラルフレインではなかった。

 「もし伯爵に連れて行かれても行儀良くするから、暴れないし余計な事も言わないから!その代わりに俺の希望も聞いてくれよ」

 ラルフレインの願いはもちろん、祠を作ると言う要望だったのだが、これは割とすんなり受け入れられた。このリスタル村には宗教が浸透しておらず、伝道師すらも訪れない辺境中の辺境。墓地に死者を埋葬しても、それを弔うべき象徴が無かったからだ。――それに、村の長老たちは別の思惑を抱えていた。村のメイン通りの水捌けを良くし、用水路まで整備したラルフレインは、「使える」と判断したのだ。それはつまり、村の喫緊の課題である水利権問題。村の集落に点在する井戸は飲料用として確保しているが、農業用の水については、沢に近い者と遠い者の差が不満と言う形で噴出していたのである。その問題が解決出来るならば祠も作って良いよ……それが交換条件であり、両者の話は成立したのだ。


 もちろん、ラルフレインには偏った農業用水の問題を解決するだけの知恵は既に持ち合わせており、長老たちとの会合の場で即答に近い形で提案した。それが農業用水用の貯水池、つまりは池の建設である。沢の水をそのまま里に流すのではなく、池を作って水をある程度貯めて、用水路を使って各自の畑に水を回す……。この提案に長老たちは色めき喜んだが、ラルフレインはしっかりと(くさび)を打ち込んだ。先ずは池を掘る人員の確保と、嵐で池が増水して氾濫しても村に被害が及ばない立地の選定。つまりは今の内に計画は立てられても実行は無理、実際の作業は秋の収穫後に村人総出で行う事が決まったのであった。


 そして今である。長老たちから許可を貰ったラルフレインは、祠と言う名の神社を建立すべく計画を立てていた。前述のA水準器もそれに合わせて考案して作ったのだが、正直なところ前途は多難である。

 先ず紙が無い。紙が無いと言うよりも、ようやく貴族階級に羊皮紙が流通し始めたこの時代に、最下層の農奴が紙に図面を引いて作業する事こそ異常。おまけに精密建築技術も無く、ノミやカンナなどある訳も無いし製材加工なんて夢の夢。全てはラルフレインの脳内で神社完成図を想像して、それを現実にするためにはどのような道具を自作で作って加工出来るか……この原始的な「ここ」がスタートラインなのだ。


「くっそ!A水準器作ったところで、建築には有効かも知れないが、この土どうすんだよ!箱もの作る前に基礎工事でバンザイじゃねえか!」


 リスタル村の集落からちょっとだけ山に向かって足を伸ばすと、村人たちの墓地がある。整地されてはおらず山のなだらかな斜面に沿って作られた墓地だが、里のニーハルーツ村まで見下ろせる風光明媚な環境だ。その墓地の隣……神社建立予定地を前にラルフレインは頭を抱えていた。

 亡くなった村人たちの魂を鎮めるため、祠は墓地に隣接した地に建立する。その構想や規模はラルフレインに一任されたが、村人の助力は無くあくまでも一人の作業。建立出来たとしても、たかが知れたものになるだろう。ラルフレインの(なげ)きにある「箱もの」と言う言葉は建築物や建物を表しており、基礎工事とは建物を建てる前に土壌の入れ替えや整地を行う半土木工事を意味する。つまり出だしから壁が立ち塞がっていたのだ。


「それでもだ、それでもやるんだよ。無い知恵絞って作り上げるんだ、俺にしか出来ない事を。やる時はやる!やらない時はやらない!やったフリだけはしない!」


 境界連絡会議の開催が差し迫って来た晩夏、ラルフレインの苦闘が始まった。



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