21) 【祝福されし者】
「この話をもってどう判断するかはお任せしますが、はっきり言います。俺は確かに別の世界から来た転生者ですが、特殊な能力は一切持っていません。俗に言うところのチート能力……強大な魔力を持ってたりとか、剣聖のような剣技を会得してるとか、そんなのは全く無いです。ただ、このリスタル村を少しでも住みやすい村にしようと、前世での職業の記憶を頼りに土木作業をしてるだけです」
ラルフレインは背筋をピンと伸ばし、両の眼で伯爵をしっかりと見据えながら、そう断言した。嘘も隠しもない、これが含むところの無い自分の姿であり、今の生き方だと宣言したのである。彼の真っ直ぐな表情と言葉に好感を抱いたのか、伯爵は優しく微笑みながら頷き、それ以上は何も問いたださなかった。――ドライな言い方をすれば、飼い慣らす事の難しいチート能力者を側に置くよりも、国境に近い戦略的要所のリスタル村の生活改善に取り組んでくれた方が都合が良いのだ。
「リスタル村を住みやすい村にしたいのか、立派な心掛けだね。可能な限り私も協力しよう」
この「可能な限り」と言う文言は曲者である。何故ならば、可能な限りと表現する事で、ラルフレインは伯爵の管理下に置かれた事を意味し、彼の行動及び目的内容に対して、伯爵側が介入する事を示唆しているからだ。理解を示しつつもしっかりと楔を打ち込んで来る、したたかなオストレーム伯爵である。もちろん、ラルフレインもその文言に含まれる意味に気付いたのだが、相手はあくまでもこの地の領主。至極当たり前の発言であると納得しつつ、反発するよりも率先して相談して協力を得ようと考えていた。
貴族領主と農奴と言う、階級社会においては天と地ほどの差がある関係にありながらも、伯爵とラルフレインの面談は意外なほど友好的に終わろうとしていた。
――だがここで、ようやく第三の人物が動き出す。
伯爵とラルフレインの会話に耳を傾けながら部外者を装っていたドワーフの商人、タルボが口を開いたのだ。
「名前は、ラルフレイン・ベイルと言ったな。一つワシの頼みを聞いて貰っても良いかね?」
「別に構わないよ、俺に出来る事であれば」
伯爵とは打って変わり、このドワーフの商人の目は酷く冷静で冷たく澄んでいる。そして長いヒゲをたくわえたその口から発せられた言葉は、ラルフレインに何か頼んでいる割には突き放すように冷たい。対するラルフレインも一切の敬語を使わずに対応している。いくらタルボが領主とテーブルを共にする仲であっても、俺とお前は主従関係ではないぞとアピールしたのだ。
「そう構える事も無かろう、ワシの頼みは簡単じゃ。ラルフレイン、服を脱いで背中を見せてくれんか?」
この頼みにはラルフレインもさることながら、伯爵までもが呆けて驚いた。ラルフレインは「俺の裸を見て何が面白いと」戸惑い、チート能力は無いとの結論で話が固まったのに、何故蒸し返すのだと、伯爵は伯爵で色めき立ったのだ。
「ワ、ワシだって野郎の裸なんか見たって嬉しくも何とも無いわい!確認しなきゃならん事があるから、しょうがないじゃろ!」
……このドワーフ、見た目は老人とも思えたのだが反応が妙に若々しい。前世で読んだファンタジー小説に登場する亜人たちは確か、人間の寿命を遥かに超える長寿だったと思い出した彼は、この目の前にいるタルボも見かけとは違って若いのではと考えた。だからと言って、服を脱げと要求する者に対してフレンドリーに接するのも気がひける。結果ラルフレインは渋々それを承諾し、服を脱いで背中を見せたのだ。
「……おお……」
背中越しに聞こえるのは、タルボが息を飲む音。どうやら自分の背中に何かしらの痕があり、タルボはそれを目の当たりにしているのか、次第に歓喜に打ち震えるような溜息へと変わる。
「何だよ!一体何が起こってるんだよ」
自分の背中など目視で確認出来る訳が無い。ましてや貧しい農奴の階層にいる者なら、鏡すら持ち合わせてなどいない。つまりラルフレインは自分の背中に何が起きていたかすら、気付かずにいたのだ。
「ラルフレイン、君の背中に大きな痣がある。何やらこう……ルーン文字のような?」
「伯爵、この文字は古代文字。最高神アルフリーダを表す象形文字じゃ」
そう。いつ、どこで、何故など、事の詳細は全く分からないものの、ラルフレインの背中にはデカデカと神を表す痣が刻まれていたのである。
「ちょっと待てよ!何が何だかさっぱり分からん!俺の背中に何があるって……!」
異様な空気に当てられたのか、混乱して取り乱したラルフレインは振り返る。するとさっきまでは酒のジョッキを手放さずにドカリと椅子に座っていたタルボが、何とラルフレインを前に跪いているではないか。
「お、おい!ドワーフのおっさん!」
「ラルフレイン、お主は【祝福されし者】じゃ。昼間通りがかった際も、今もそうじゃが、道理で精霊たちが喜んでおるはず」
ラルフレインに首を垂れたまま、タルボはこう続ける。
「祝福された者とはつまり、この世に顕現した神の代理。それも精霊に絶大な影響力持つ大地母神であるならば、この世の社会構図は一変する!」
「ただ……」そう言い出しながら、急に声のトーンを弱めるタルボだが、彼がぶつぶつと小声で言っていた内容を、伯爵はしっかりと耳にした。そして伯爵は戦慄したのである。
――ただ、何故人間が選ばれたのだ?何故に人間なのじゃ?これはいかん、嵐を呼ぶぞ。これは戦乱の時代の幕開けじゃ――




