20) 伯爵の本当の顔 後編
『貴族』と呼ぶにはあまりにも野生味と初々しさに溢れ、『辺境伯』と言うにはあまりにも知的で繊細。
三十代前半であろうか、どこぞの大学の新進気鋭の准教授を彷彿させるような印象を受けたラルフレインは、そのコニー・オーストレム伯爵本人の口から投げかけられた単語に驚愕した。
「は、伯爵?あんたが何故昭和とか平成を知っている!もしかしてあんたも……!」
そう。伯爵はラルフレインと同じ環境の前世を生きて、輪廻転生の果てにこの世界に生まれたのだと察したのだ、それも前世に記憶を鮮明に残したまま。
同じ過去世界の記憶を持つ人との出会い――これほど心強い事は無い。機械に囲まれた文明に比べれば遥かに前時代的な今、人間だけでなく亜人や魔人や獣人すら存在するこの異世界で、知己の深い者と出会えるのは嬉しくないはずは無い。ラルフレインからしてみれば、伯爵は言わば同郷人なのだから。
だが、そんな心躍る瞬間を知ってか知らずか、伯爵は申し訳無さそうな表情で彼に告げる。
「喜んでいるところを申し訳ないが、君が期待を寄せるような人物ではないよ。私はね」
「期待を寄せるよう……な?でも伯爵は今ほど昭和や平成って。伯爵は俺と同じ転生人じゃないんですか?」
「いやいや私は違うよ。あの言葉ね、あれは受け売りなんだよ。私の師匠のね」
「伯爵の師匠?」
「私に剣と魔法を教えてくれた方さ」
伯爵が師匠と呼ぶ人物、その者こそが、ラルフレインと同じ異世界転生者なのだそうだ。
「師匠は若い頃、別の大陸で名を馳せた勇者だったそうだ。だが流浪の旅に出たまま帰らず、流れ着いたこの地で晩年を過ごしたんだ」
「なるほど、それで伯爵は師匠から前世の話を聞いたのですね」
飲み込みの早いラルフレインを満足そうに見詰める伯爵。だが話はこれで終わりではなかった。
生活の知恵はあっても学術や土木工学などにはまるで無縁なはずの農奴が、急に暗渠排水だの測量だの水糸だのと言い出した事実を元に、その農奴の少年ラルフレインが実は転生人なのではないかと仮説を立てて、そしてその仮説が正しかったと今確認した。それを踏まえた上で、伯爵が一番吐露したかった心情が、言葉となってラルフレインに投げかけられたのだ。
「ラルフレイン、私の師匠が当時の自分自身を【チート状態】と言っていた。その言葉が何を意味するのか私にはどうにもピンと来ないのだが、とにかく桁違いの魔力を駆使して敵を蹴散らし続けたらしい」
「転生チート……俺には何となく想像出来ます」
「神を凌ぐほどの力を秘め、そして立ち塞がる者どもを倒して栄光を掴む。勇者としての栄誉、止まない喝采、群がる美女、その先に師匠は何を得たと思う?」
ラルフレインは即答出来なかった。答えが全く分からなかった訳ではなく、答えがチラリと見えてしまったのだ。からこそ、彼は気安く答えずに一瞬沈黙した。
「たぶん君も気付いているだろう。そう、栄光の果てに師匠が得たもの、それは虚無だよ」
「虚無……ですか」
「ああそうだ。全てが思い通りに事が進む痛快さ……それはやがて、全てが予定調和であると言う己の喪失感へと変わって行く。苦労が無いなら達成感も無いからね。だから師匠は絶望の果てに勇者を捨てて隠遁した」
――伯爵、俺も同じ道を辿るとお考えですか?――
そう質問したかった。伯爵は師匠の半生を語りながらも、その話を聞いているラルフレインの反応を確かめていたからである。チート能力など持ち合わせていない自分にとって、これはあくまでも迂遠な話。しかし師匠と自分を重ねて来る伯爵側からしてみれば、何かしらの能力を持っているのを前提とした話であり、伯爵が大いに気にしている事の現れなのだ。
「ラルフレイン、この際だから聞いておきたい。君にそのチートと言うのはあるのか無いのか。そしてこの様々な境界線が引かれたキナ臭いリスタルの地で、君が何を目指して何を始めたのか知りたいんだ」




